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スーパーの吉村さん  作者: 立花愛莉
第1章 魔術師に明日はない
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「そー。もう大変だったのなんのって。朝の五時、俺がようやくパソコンの電源切って仮眠取ろうとした時、電話が鳴りやがってさ。クッソバカ、誰だよこんな朝っぱらとか思ってたら、珍しく店長じゃん。だったら仕方ねぇなって電話に出たら、今日から新導入するレジのシステム切り替え業者が間に合わないんで、俺にやれって内容だった」



「で、断りもせず承諾したんですか」



 開いた口がふさがらぬまま幸音は目の前のひょろりとした青年を見上げる。



 高良は顎先に僅かに浮いた髭を指先で撫でながら、ひと刷毛塗ったような目の下のクマを擦って「ん」と応える。陽子から手を離し銜えていた煙草を取り外し、目頭を押さえる。



「店長の頼みだからな。こればっかりは断れん。そういうわけで、俺の出勤時間二時間押して11時から5時まででヨロシク」



 高良は煙草を銜えなおし、陽子に流し目をくれる。



 陽子は視線に気付いて顔を上げると、ぐしゃぐしゃになった髪を直していた右手を高良に向けて突き出し、親指を下方向に突き立てた。



「わかりました。11時から明日の早朝5時までですね、高良ちゃん」



 死ね、コノヤロウと陽子は満面の笑みで言い放つ。



「バッカお前、俺を殺す気かこの鬼畜女。ああ、とにかく、そういうことで俺は今から自宅に戻って寝る。二時間経って出てこなかったら三月さんに電話させて。じゃ」



 陽子の毒舌を穏やかにスルーして高良は片手を挙げて飄々と去って行ってしまった。広い背中が自動でない自動ドアの向こう側に消えると、幸音の傍らに立ちすくんでいた陽子が悔しそうに一声上げる。



「悔しい! なんで高良ちゃんってば、あたしの言うこと聞いてくれないのかしら!」



「・・・・」



 弁明すべき言葉が見つからず幸音は唇をつぐんだ。



 可愛らしく陽子が怒っているうちは店はまだ安全だ。



 幸音は自分自身を納得させて今日のシフトを再度確認するため、緑のファイルに手を伸ばした。



「あ、そうそう。言い忘れてたけど幸音ちゃん」



「はい?」



 自分のレジ番号と今日一日の仕事の流れを確認しようとしていた幸音の隣から、再び陽子の声がかかった。



 陽子は少し爪先立ちになりながら本日の夕方、11月19日の午後4時を指示す。そこには「新人研修・指導【吉村】」とボールペンで文字が書き入れてあった。これは昨日の時点ではなかったものだ。



「新人研修?」



「うん! ほら、夜間のアルバイト募集してたって言ったでしょ? で、店長がこの間面接して決めて」



「店長・・・・いつの間に」



「迷惑この上ないことに店長、勝手に決めやがって、今朝急に今日四時に来るとか言い出しやがったんで、急で幸音ちゃんにはすっごく申し訳ないんだけど新人研修と簡単な店内案内、レジ指導よろしくお願いします」



 ぴょこんと陽子の桃色サクランボの髪留めが跳ねた。ふわふわの材質で作られている毬藻のような丸っこいソレを見つめながら、幸音はしばし考え脳内の予定に組み込んだ。



「それはいいですケド、私でいいんですか?」



「うん! もちろんだよ!! ホントならあたしがしなくちゃいけないんだけど、今日午後からレジの部会があって、すぐに帰れそうにないんだよね。出来るだけ早く帰ってこようと思うんだけど・・・」



「イエ。任されれば喜んで指導させていただきますけれども、一時間くらい手間取ると思います。その間、レジ大丈夫ですかね?」



 今日の夕方のレジには5時まで高良、パートの早瀬さんと幸音の名前が書かれている。四時に新しいバイトの子が来るとなれば、必然的にレジは二人となり、お客が込み合う四時から六時の間が非常に不安だ。



「ああ、その点は大丈夫! 恵美子ちゃんが早めに来てくれることになってるから。学校終わり直で来ますって昨日の夜メールが来てたから安心して。多分遅くても四時半には来てくれるらしいよ」



 同じ家で暮らしているのにもかかわらず、そのあたりの事情を幸音は知らず少し寂しく思った。だが、気を取り直して今日の六時までの仕事の流れを再度チェックする。



「しばらく、当分は幸音ちゃんに結構負荷がかかると思うんだけど、ソレも年末が終わってしまえば後は年始だけ! もう少しだから一緒に頑張ろうね!」



 年始まであと一ヶ月半分くらいありますがという突っ込みを喉の奥に飲み込んで、幸音は大きく頷いた。



「ところで、今日来る新しい新人アルバイトの子の名前はなんていうんですか?」



庄野由貴(しょうのゆき)。近くの国立大学現代魔術学部の超優等生って噂の、魔導師さんだよ。すっごいタレ目の!」



「タレ目・・・」



 ああ、なるほど。



 幸音は陽子がそれ以上語らないのをいいことに雑念を全て頭の中からシャットアウトし、仕事に取り掛かるべくファイルを閉じた。





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