アヒルの本当の気持ちと俺の本当の気持ち
見つめ合う俺達。
薄い桜の花びらの様な美羽ちゃんの唇が、俺に迫った。
『恋人同士』……それはもちろん、俺と美羽ちゃんが、ではなく姉貴と美羽ちゃんが、だと思う。この好意は俺に向けれれているものではない。
目を閉じ、その時を待ち続ける美羽ちゃんを俺は……。
――引き離した。
「優子ちゃん?」
美羽ちゃんがはっと大きな瞳を潤わせて、俺を見つめる。その瞳に写っているのは俺ではない、姉貴だ。
黙っていれば、初めてのキスが体験できるかもしれない、それも初恋の相手に。が、俺はそこまで下衆ではない。
「ごめん、美羽ちゃん。俺、弟の勇気なんだ」
俺は頭に手をかけ、本当の俺をさらけだした。
「勇気くん……うそ」
美羽ちゃんは絶句して口を両手で覆い、呆然としている。
そりゃそうだろう、親友だと思って告白の確認したら、相手が女装した弟だったなんて……終わったな、俺の初恋。
「女装した勇気くん……優子ちゃんよりステキだった……」
「はい?」
とろーんとした瞳に恍惚の表情を浮かべ、美羽ちゃんは口からおつゆをこぼした。
「勇気くん……私と付き合って!」
俺の初恋なぜか成就しました。
「美羽ちゃん……俺……ずっと、美羽ちゃんのこと……」
俺達は相思相愛になったのだ、阻むものは何も無い、おかんのブラジャーなどもはやどうでもいい。
世界が破滅しても、美羽ちゃんと俺がいればそれでいい。
エロDVD2枚もブラッドスコーピオンにくれてやる。
「ずっと、す――」
「島谷くん!」
またこの声、いつも俺に突っかかってくる邪魔なヤツ。
「駅前で会うなんて偶然ね、何してるの?」
ダック――!
先ほどまでのような殺気はすでになく、いつも通りに、嫌なタイミングで現れるお邪魔虫は相変わらずだ。
しかも、ご丁寧にアドバイス通り額に『肉』と描かれているではないか。
「勇気くんのお友達?」
美羽ちゃんが俺の腕に抱きついたままダックの前で、わざとらしく俺に聞いてきた。
完全に『私の所有物ですよ、あなたは邪魔なの』、みたいな感じでダックに向けてアピールする。
「キレイな人だね……わかった、島谷くんの家庭教師の人でしょ!」
ダックは何故か、額に血管を浮かべて『肉』の文字が変容していた。わなわなと握り締めた拳を震わせ、ダックから焦りを感じた。
「それよりさあ、島谷くん。私の出した手紙……読んだよね? どうしてあの日、来てくれなかったの?」
手紙、というのはダックが俺の下駄箱に差し込んだ果たし状の事だろうか?
『終業式が終わったら、体育館裏で大事な話があります』、みたいな内容だったはずだ。
相手は万全の状態で色々な罠をしかけているはずだ。そんな所にのこのこと出向く俺ではない。
「もしかして、その女の人……島谷くんの?」
美羽ちゃんは何も言わず、笑顔のまま俺の腕にしがみついた。
驚愕の顔でダックが美羽ちゃんを見たと思ったら、その視線は鋭いものに変わる。ますますもって、ダックがわからない。
俺を殺そうとしたのに、嫉妬しているのか? 美羽ちゃんに?
――まてよ、そもそもあのプレゼントは爆弾ではなかった。
爆薬に見せかけたお菓子のプレゼント!?
銃を突きつけたのだって、姉貴と勘違いしていたからだし……。
ダックは……本当は俺の事を――。
好き……なのか?
「勇気くん、駅前の喫茶店でお茶しよっ。美羽ちゃんがおごっちゃうぞー。大好きな勇気くんの為ならなんだってしてあげる!」
美羽ちゃんはまた、わざとらしく大きな声でダックに聞こえるように言った。
今度は、ダックの目を見て。
ダックは肩を落とし、さっきまでの威勢はどこにもない。
なんだよ、それ? なんでお前、そんな弱々しい姿見せてんだよ。いつもの嫌味な顔をしろってんだよ!
初めて見たクラスメイトの弱々しい姿は、俺の心の奥に隠れていた本当の気持ちを炙り出した。
俺の本当の気持ち……それは……。