キレイなお姉さんは好きですか? はい、大好きです!!
ジョニーが運転する車の中で、俺はダッシュボードから大き目の絆創膏を取り出し、額に当てた。
さすがに『肉』を額にさらしたまま駅前に向かうわけにもいかない。できれば、この服装もなんとかしたいけど、今はどうしようもない。
鼻歌まじりにハンドルを切るジョニーは、何かガムの様な物を口に含み上機嫌だった。
「ん? 君も食べるかい、ユウコ?」
ジョニーは白いソフトキャンディーを放り投げてよこした。
こんなお菓子、車内にはなかったはずだ、ジョニーが持ち込んだのだろうか? 口の中に放り込むと、えもいえない、甘くて酸っぱくてフルーティーな香りが口全体を潤す。
「おいしい! このお菓子、どこのメーカーなんですか?」
ジョニーは後部座席を親指で差し、『あれだよ』と言う。
後部座席には……先ほど解除した爆弾の箱があり、中のプラスチック爆弾は所々千切れていた。
まさか?
信号が赤になり、車は停止する。
ジョニーはその間にと、後部座席に手を伸ばし、プラスチック爆弾を片手で千切り……口の中へと放り投げた。
「ベリーデリシャス!」
俺は窓を開け、ブフォッ! と吐き出した。
偶然、隣に停車していた原付のおばちゃんの顔にそれがかかったが、気にしてはいられない。
「何てもの食わせるんだ、この野郎!」
俺は怒りのあまり、『島谷流暗殺術』極みの三『ダンシングオールナイト』を使って、ジョニーに肘を電光石火の如く叩き込んだ。
「ち、違うんだ、ユウコ、あの爆弾は……ソフトキャンディーのブラフだったんだ。最初から彼女は爆発なんて起こすつもりはなかったんだよ」
最初に爆弾を観察したときに、ジョニーは気付いたらしい。だから、頭突きかましても何も起こらなかったってわけか。
本当にダックは俺の命までを奪おうとしたわけではないのか……。
と、そうこうしている間に駅前に到着した俺たちは車をコンビニの駐車場で止め、例のブツを手分けして探すことになった。
「私は交番に行って、拾われていないか確かめてくる。ユウコは、この辺りの捜索を頼む」
と言って、ジョニーは裸にネクタイのまま駆け足で交番に飛び込んでいった。
無論、交番の中から『公然わいせつ罪で逮捕するーっ!』という警官の大きな声が聞こえてきた。
『違うんだ、私はただブラジャーを探しているだけなんだ! あれがなければ世界は破滅するかもしれないんだ!』
まあ、普通にただの異常者だよな。
さようなら、ジョニー。
「優子ちゃん! やっほー」
今度はなんだと思えば、姉貴の中学時代からの親友、綾小路 美羽ちゃんが小さな手を健気にも大きく振って駅から出てきた。
俺は美羽ちゃんが大好きだった……初恋の相手……である。姉貴とは360度違い、おっとりしていて、優しくてかわいい。ん、違うな180度か、それじゃ暴力ゴリラと一緒で可哀想だ。
いっその事、イソップ童話の金の斧の様に、姉貴を泉に蹴飛ばして、心も体もキレイな姉貴と交換してもらいたい。
美羽ちゃんは度々家に遊びに来て、俺に手作りのお菓子をくれたり、姉貴との虐殺プロレスごっこが終わって燃え尽きた俺を、優しく介抱してくれるなど心のオアシスだった。
そうだ、俺の思い描く理想のお姉さん像が、美羽ちゃんにあった。
「優子ちゃん……この前の事、考えてくれたぁ?」
案の定、というか相変わらずというか、俺は女装フォームのままなので、姉貴と勘違いされている。
美羽ちゃんはそれに気付かず、胸元まで伸びたロングウェーブの黒髪をゆらし、白いシフォンスカートの両端を小さな手で握りしめ、小動物のような頼りない視線を俺に向けている。
こんな美羽ちゃんを見たのは初めてだった。
抱き寄せたくなるような体。
顔を埋めたくなるような、胸元。
嗅いだらいい匂いがするであろう、長い髪。
俺の思考は急停止する。
「はいか、いいえで答えて? ねぇ?」
何がなんだか解らないが俺は即答した。
「はい! はいはいはいはいいいいいい!」
何言ってんだ、俺。
「うれしー! 優子ちゃん大好きっ」
と、突然美羽ちゃんが体ごと俺に預け、俺はそれを抱きとめた。彼女の体温が、姉貴の制服を通じて伝わってくる。
零距離で視認した美羽ちゃんは、まるでこの世に舞い降りた汚れ無き天使の様だった。
今、俺達の周りにはユリの花が咲いているのではないか?
ふと顔を上げ、美羽ちゃんがぼそりと言う。
「これで今日から私達、恋人同士だねっ!」
あれ?