ラブストーリーは筑前煮
玄関のドアを開け、ミッションがスタートした。
スカートのひらひらした感触と、長い髪に違和感を覚えつつも、前進。
夏場はズボンより涼しいだろうけど、冬は寒いだろうな、コレ。
なんて事を考えてる間に、俺の目の前に新しい障害が立ちはだかった。
俺のクラスメイトの女子、風間 静流だ。
彼女はクラスの女子グループのリーダーで、やたらと仕切りたがり、目立ちたがる。そんな風間のあだ名は『ダック』。濁流から来ている。
名前の静流は物静かな印象を与えるが、中身は大雨洪水注意報の時、水かさを増した近所の川の様な荒々しい濁流を連想させるからだ。
ちなみに、命名したのは俺でクラスの男子の間でそう呼ばれている。
俺はあいつが苦手だった。
何か事あるごとに突っかかってくるし、授業中、何か視線を感じると思ったら、ダックが頬を赤らめて、俺を親の敵みたいに睨み付けているのだ。
ダックとは1年の時から同じクラスだったのだが、今年のバレンタインに俺はチョコレートをもらっていた。まあ言わずもがな、『これ、義理だから勘違いするなよボケ!』と言われ受け取ったのだが。
毒でも入ってるんじゃないかと思って、愛犬のミケに食べさせたら、ひっくり返って大変な事になった。
*犬にチョコレートはあげないでください。
翌日、『あ、味はどうだった? あれ手作りなのよね』と尋ねてきたので、『ひっくり返るくらいうまかった!』と返してやったら、嬉しそうに『良かった、来年も作ってやるわ、もちろん義理だけどね!』と笑顔で去っていった。
毒殺に失敗したのに、来年も俺に挑もうとは、なかなか肝がすわっているではないか。
それ以来である、ダックが俺に頻繁に構ってくるようになったのは。
「あの、島谷くんの……お姉さん、ですよね?」
記憶を掘り起こしているうちに、ダックが俺に気付き、接近を許してしまったようだ。幸い、俺の事を姉貴と勘違いしているらしい。
「オホホ、そうですわよ、姉の優子ですの」
姉貴の名前は島谷 優子。やさしい子と書いて、優子。なんとも皮肉な名前である。鬼子とか、邪魔代のほうが大いに似合うのではないか。
「あの、今日、勇気くん……誕生日ですよね?」
そして俺の名前は島谷 勇気。
ブラジャー騒ぎで忘れていたが、今日は俺の14歳の誕生日であった。
「あ、ごめんなさい! 私、クラスメイトの風間です! 噂通りキレイな人でびっくりしちゃいました。
そのおでこのタトゥー、イケてますね! 私も入れてみようかなぁ」
「ほほほ、今女子高生の間では額に『肉』ってタトゥーを掘るのが流行っているのよ。あなたもやってごらんなさい、女子力アップよ」
やってみるがいい、俺は止めないがな。
「はい! アドバイスありがとうございます」
ダックはぺこりと頭を下げ、俺に今までに見せたことの無い笑顔を輝かせた。
その笑顔が眩しいと感じたのは、午後の日差しのせいなのだと思う。だって、あの『ダック』だもん、間違ってもそんな感情は生まれないはずだ。
「あの……これ、勇気くんに渡してくれませんか? 誕生日プレゼント……なんです」
あああああああん? 誕生日プレゼントだあ!?
俺は箱を受け取ると、中身を確認するため、耳を近づけた。
カチカチカチ……と時計が秒針を刻む音がかすかに聞こえてくる。
まさか、こいつは……。
――爆弾だ。