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人類おかん計画

 俺は舞台に向って駆け出そうとした。しかし、目の前に新たな人影が立ちはだかり、大きくたたらを踏んでしまう。


「よく来たな。島谷 勇気。さあ、例の物を出してもらおうか」


 人影は小さく呟いた。そのシルエットには見覚えがあった。俺もよく知る人物だ。しかし、確証は無い。


「お前は……誰だ?」


「私は、ブラッドスコーピオンの総帥にして、世界支配を企む偉大なる者……名前など単なる記号にすぎん」


 人影は、『ククク』と肩を震わせ笑い出した。こいつが……。


「しかし、そうだな。最後に教えてやろう。私の俗世での姿と名前を……」


 パチンと指を鳴らす音が聞こえると、体育館の全照明が点灯し、奴はその姿をさらけだした。


「先生……?」


 舞台の下に立っていたのは、俺のクラス担任の安田 良子 独身37歳だった。理科の先生で常に白衣を着込んで分厚いメガネをかけており、そのメガネの奥の瞳は、婚期を完全に逃がした狩人の目だ。


 男性教師のみならず、各学年の男子生徒の名前、成績、好みの異性のタイプ、ホクロの数などをデータベース化している。


 以前、俺が期末テストの問題用紙をハッキングした時に、偶然手に入れた情報である。当然、俺の情報は削除しておいた。


「そう、我が名は――安田 良子。公立中学校の理科教師にして、男子生徒の憧れの的というのは、仮の姿」


 おいおい、勝手に捏造しているぞ。生徒からはマンイーターヨッシーと呼ばれ、外部掲示板で陰口叩かれているのに……その度にLovely☆ヨッシーなる人物が現れて板を汚しているのだが……もしかして、本人だろうか?


「私は世界支配を目論む悪の秘密組織ブラッドスコーピオンの総帥」


 なんてことだ。ブラッドスコーピオンのボスは……クラス担任だったのだ。


「先生。あなたにおかんのブラジャーを渡すつもりは無い。姉貴は返してもらうぞ!」


「こしゃくな。よかろう。私の偉大さを直接体に教えてやる必要がありそうだな、我が組織が誇る最強の殺人兵器をお見せしよう」


 また一つ、先生が指をパチンと鳴らすと、体育館の倉庫から跳び箱が勢いよく放り出され、煙とほこりを巻き上げて、そいつは出てきた。


「紹介しよう。汎用人型決戦兵器人造人間オヴァンゲリオン初号機……中村のおばあちゃんだ」


「な、中村のおばあちゃん!?」


 ウィーンと、ぎこちなく、中村のおばあちゃんがロボットのように両手足を動かしている。何だと!? 今まで人間だと思っていた中村のおばあちゃんが……人造人間だと!?


「モクヒョウカクニン。ターゲット、シマタニ ユウキ 14サイ。ハイジョヲカイシシマス」


 隣の家で独りさびしく年金生活を送りながら、時にスーパーのワゴンセールで、ワゴンごとレジに持って並ぶ、あのおばあちゃんが……そういえば、おばあちゃんは時々動きがぎこちなくなると、『メンテナンスが必要です。サラダ油を給油口に注入してください』と急に口走ったことがあった。


 俺は言われたとおり、台所からサラダ油を持ってきて、おばあちゃんの背中にあった給油口に注いだことがある。一度間違えて、日本酒入れたらおばあちゃんが暴走したこともあったけ。どこからどう見ても普通のおばあちゃんなのに……これが、ブラッドスコーピオンの技術力だと言うのか!? 


「ターゲット・インサイト。ファイア」


 おばあちゃんの白髪交じり髪がふわりと逆さ立ち、白い割烹着の胸部がガコンと音を立て、変形した。


 深いしわが刻まれた顔は無表情で、何を考えているのか解らない。


「やれ、オヴァ初号機」


 先生の一言がまさに引き金だった。


 そして、俺は度肝を抜かれた。


 おばあちゃんのGカップもある胸が俺に向って飛んで来たのだ! 年の割りにいいモン持ってるなと思ったら、あれはミサイルだったのか!?


 俺は即座に『島谷流暗殺術』極みの百『イナバウアー』でミサイルを間一髪でかわした。


 ミサイルは体育館の壁を突きぬけ校舎に着弾すると、ちゅどーんという派手な効果音を上げて、爆発した。危ないな。俺じゃなければ死んでいた。姉貴ならミサイルくらい、蹴り返してしまうんだが。


「ミサイルが……バカな!? ええい、オヴァ初号機よ、ガドリングガン発射!」


「リョウカイ。ウェポンチェンジ、オヴァガドリングモードヘイコウ」


 中村のおばあちゃんがいつも持ち歩いていた長ネギが、キラリと光を放った。ついで、そこから何十発と言う弾の嵐。


「うおおおおおお!?」


 俺はそれをすべて間一髪でかわしてゆく。


「バカな!? ガドリングガンだぞ!? 何故避けれる!?」


「こんなもん! 姉貴のパンチに比べたら止まって見えるぜ!」


 そうだ。姉貴の暴力もすべては俺を最強の男へと育てるためだったのだ。一発一発の銃弾が……見えるぜ!


 俺は体育館の壁を蹴り、その勢いでおばあちゃんの背後に回りこんだ。そして、即座に長ネギ型ガドリングガンを蹴り上げ、戦闘力を奪う。


「クククク! 動くな。それ以上動けば、お前の姉の命はない」


 前を見ると、先生は姉貴の頭部に拳銃を突きつけ不敵に笑っていた。


「ち」


「さあ、オヴァ初号機よ! トドメをさせ!」


 後ろを振り返ると、中村のおばあちゃんが再びおっぱいミサイルを装填し、こちらに狙いを付けていた。


「くそ……」


 しかし、いつまで経っても発射される気配は無い。


「何をやっている! オヴァ初号機! 早く発射しろ!」


 雫がこぼれ落ちた。一滴、また一滴と、体育館の床を濡らしている。


「……おばあちゃん?」


「勇気ちゃん……ごめんよ。ごめんよ」


 おばあちゃんは人の心を取り戻したのか、涙を流しつつ、Gカップを抱えてうずくまった。


「おばあちゃん、いいんだよ、気にするなよ。俺だって、おばあちゃんの入れ歯で輪投げして遊んでたら、手が滑って窓をブチ破り、偶然運転中のトラックの前輪に命中して大惨事にしちゃったし、お年玉代わりにキャッシュカードもこっそりもらってるんだから、な。おあいこだよ」


「うう……勇気ちゃんや……なんて優しい子なんだい。あんたは天使だよお……うう」


「バカな、オヴァ初号機が……ちい。仕方が無い。ロールアウトしたばかりの2号機と3号機を機動させるしかないか」


「オヴァシリーズ……完成していたのね。勇気ちゃん、お逃げなさい。2号機と3号機は、初号機である私よりもスペックが高いのよ!」


 その時だ。体育館の入り口から裸にネクタイの男が拳銃を構えて転がり込んできた。


「またせたな、ユウキ。ジョニー・サンダーズが来たからには、これ以上好きにはさせん」

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