クーリングオフは受け付けません
実はこっそり続けていました、てへ。
無機質な声。おそらく、ボイスチェンジャーか何かで声をごまかしているのだろう。
俺は間髪入れず言ってやった。
「いいよ、欲しかったらあげる」
そして、即座に電話を切ってやった。
まったく、物好きな奴だ。サンドウィッチを作れば、卵の殻ごといれて『カルシウムが摂取できるから文句言うな』と蹴りを入れて来るような姉だ。
そのカルシウムのおかげで、トラックに轢かれてもビクともしないハイスペックな最強姉貴になっているのだから。恐るべし、卵の殻。である。
あんな姉貴。欲しければ、ハイドウゾと喜んで差し出してやる。
そして、またブルルと俺の携帯が震えた。
『返して欲しければ、お前の母校の中学の体育館まで来い、例のブツと引き換えだ』
「当店では返品を受け付けておりません。クーリングオフも利きませんから覚悟してください。スリリングかつエキサイティング。極上のバイオレンスと至高のインサニティーを心行くまでお楽しみください」
『おい、姉の命がどうなってもいいのか!? 嫁にいけない体になってしまうかもしれないぞ!?』
「あははは。元から嫁になんか行けっこないんだから、お気遣いご無用さ」
『ちょっ、ちょっとまってよ! まだ話は――』
俺はそれだけ言って電話を切ってやった。
「ユウキ、今のは何の電話だったんだい?」
「ん、ああ。姉貴がさらわれた」
「な、なんだってえ!? すぐに応援を要請しよう。SATに出動してもらって……」
ジョニーは慌しくその場から立ち去ってしまった。
俺はとりあえず、家に帰ろうと思いスカートのポケットに手を突っ込んで歩き出す。
「ん?」
指先に何か硬い物を感じると、それを人差し指と中指でつまみ、おそるおそる引き出してみた。
レシートだった。近所の家電量販店でゲームを一本買っただけの些細な物だ。
「ただのゴミか。ん……? これって……」
そのゲームのタイトルを見て、俺は声を上げた。
「『放課後うはうはパニック』!? おおおおおおお? 確かこれって、昨日発売したばかりの新作じゃねーか! なんで姉貴がこんなものを……」
『放課後うはうはパニック』は一部のマニアの間で有名なエロゲーだ。何故こんな物を姉貴が……?
再びレシートに目を落とすと、『ラッピング』¥100という記載があった。
ラッピング……もしかして……これ。
俺の誕生日プレゼント……?
姉ちゃん……本当は俺のこと、大事に思っててくれたんだな。
毎日俺を奴隷のようにこき使ってたのも、俺の自立心や体力を養うためのトレーニングだったんだ。
小4の時、保健の教科書をエロ本とすり替えていたのも、他の奴よりも一歩先を行った性教育を学ぶため。
小5の夏休み、市民プールの帰り、俺の着替えを隠して代わりに姉貴のスク水を置いていかれた。俺は泣く泣くスク水を着て家路をたどったんだ(同級生に目撃された俺は、もっこり魔神というあだ名をつけられた)。あれは、俺の根性を鍛えるためであり、いかなる羞恥心にも耐える強い心を持てというメッセージ。
そうだ。全ては愛だったんだ。
「ごめん。……姉ちゃん。俺、ずっと誤解してた……待っててくれ、すぐに助けにいくから」
俺は島谷 勇気。島谷 優子の弟だ。姉貴は俺が助ける! そして、誕生日プレゼントのうはうはパニックをもらうんだ!
俺は駆けた。夏の夜風を切り裂いて、ひたすら駆けた。目指す先は我が母校。
行ってやろうじゃないか。例えどんな罠が待ち構えていようと、『島谷流暗殺術』極みの六『ファイナルブラッディトルネードダークブラストシャイニングファイアークラッシュままれーどボーイ』で迎え討ってやる!
俺はなおも駆けた。交尾中の犬をまたぎ、ティッシュを配るお姉さんから、カゴごとティッシュを奪い去り、二丁目の池田さん家の犬小屋を踏み台にして、屋根に飛び乗った。
三丁目の吉田のおばあちゃんの庭に着地し、そこを出れば校門だ。
着いた。
息を整える間もなく、校門をくぐり一目散に体育館を目指す。
おかしい。何も罠がしかけられていない? どういうことだ。
不審に思いつつも前進。そして、あっけなくたどり着いてしまった。
体育館の扉は思ったよりも厚くて頑丈だ。そっと扉に耳をあて、中の様子を探ってみる。
……ダメだ。何も聞こえない。仕方が無い。行くか。
俺は扉に『島谷流暗殺術』極みの九『セカンドインパクト』を炸裂させ、扉を蹴破った。
中は真っ暗で何も見えない。壁伝いに進んでいくうちに暗闇に目が慣れていき、舞台の上に誰かがいるのがおぼろげにわかった。
どうやら、女のようだ。腰まで届く長い茶髪。服装は、肩が露出したチュニックワンピースとデニムのショートパンツ。あれは……。
「姉貴!」