欲しがりません、カツまでわ
書いてしまった。
大問題が発生した。そう、これは大問題だ。
それは中2の夏の日に訪れた、神様が俺に与えた試練だったのかもしれない。眼下に広がる光景を前に、俺は腕を組み、ううむと唸る。
さて、どうしたものか。
時刻は午後5時をまわったが、季節は夏。まだ日は完全に傾いてはいないし、太陽さんは暑苦しい光を放ってらっしゃる。
流れ出た一筋の汗を俺はシャツの袖でふき取った。
現状を報告しよう。
一学期の成績が振るわなかった俺は、夏休みの間、家事手伝いを命ぜられた。ちなみに5段階評価で、平均3だ。
英語 1、数学 2、理科 3、社会 4、国語 5。
ホラ、平均3。見事に1,2,3,4,5と並んでいる。キモチイイ成績だ。
だがこの成績を見たおかんは、片手でやすやすとリビングのソファを持ち上げ、天使の様な我が子に向かって放ちやがった。その戦闘力たるや、まさしくチートだ。
俺はひらりとかわすと、後ろにいた妹の様な弟の右手に命中。その日の内に妹の様な弟は入院。
医者には『階段から転げ落ちましたの、ドジな子でごめんなさい、オホホ』、と親父が説明していた。
許せ、弟よ、お前の犠牲は無駄にはしない。
そして俺に課せられたのは夏休みの間、家事を手伝う事。
――そして今に至る。
あらかた洗濯物を取り込んだが、最後の砦がまだ残っている。
――下着類だ。
俺の家は、丘の上の閑静な住宅街。家の前後は、段差があり、前の家の二階と俺の家の一階はちょうど同じ高さなのだ。
俺は部活で鍛えた肉体を、リビングの鏡の前でふんぬふんぬと、悩ましいセクシーポーズを何度もキメていたのだが、前の家に住んでいる女の子(アミちゃん小学2年生)と目が合ってしまい、女の子はスッとカーテンを閉めてしまった。
まったく、シャイな嬢ちゃんだぜ。
それからしばらく俺を取り巻く近所のみなさんの視線は、何か寒々しいものを感じた。
そんなわけで、今下着を洗濯籠に取り込もうとしている俺の姿も、今まさに誰かに目撃されているのかもしれない。
だが、これは避けて通れぬ道。俺は意を決し、手を伸ばした。
まずは、自分の下着。続いて親父のピンク色のブリーフ。
そして……おかんのヒョウ柄の派手な下着。50手前でこんなもんはくなよ、と悪態を付きつつさっさと籠に突っ込む。
次に、おかんのブラジャー。よせて上げるタイプのやつだ。ハッ! ぜい肉に感謝しやがれ!
だがそこで、致命的なミスをオレは犯してしまった。
一筋の風が、おかんのブラジャーを運んでいった。
まるでおかんのブラジャーに羽が生えたように……飛んでいく。
ボール遊びをしている小学生の男の子の頭に引っかかり、両目はブラのカップの部分で覆われ、ビジュアル的には『変態仮面参上グハハ』みたいな感じで妄想してくれて構わないだろう。
男の子は何が起こったか解らない様子だったが、また一つ大きな風が吹き、男の子の頭からブラが剥がれ、今度は昼寝をしている猫の胸にぴったりジャストフィットした。
猫は起きるとすぐに立ち去り、ブラジャーだけがそこに取り残される。
現状報告終了――。
さて、この事態を打開する策がいくつか俺にはある。
1、何食わぬ顔でブラを拾い、そのまま家に戻る。
2、腕立て伏せをしつつ前進。ブラを拾い上げ『最近筋トレしすぎて、胸デカくなったからブラ必要な
んだよなー。こんな所に飛ばされてマイッタマイッタ』と言ってその場で装着し、自然を装う。
3、姉貴の女子校の制服を着用、女装し拾いにいく(美少年な俺だからできる芸当)。
4、異世界に召喚されてチート能力を得て帰ってくる。
5、あきらめる。
――こんなもんだろう。
消去法で、どれが一番現実的か判断していこう。
まず1番。俺にここまでの度胸があるのならこんなに悩んだりしないので、却下。
続いて2番。こんなの疲れるから嫌だ、何気に俺、ブラ装着してるし、てことで却下。
3番、おかんも怖いが姉貴も怖い。ので保留。
4番、一度異世界ってのに召喚されてーよな、クソ。却下。
5番、座して死を待てと?
……結論。
3番が一番マシかもしれない。
俺の腹は決まった。
さて、どうしよう。