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患っているのは貴方達では?

作者: アポロ
掲載日:2026/08/15

 第三王女シルヴィア。この国で彼女の名を知らぬ者はいない。


 淡いピンクプラチナの髪に澄んだ湖のような青い瞳。物語に出てくる妖精のようなその容姿に、王族を筆頭に貴族や民衆をも魅了した。


 その噂は海を越えた地にも届き、異国の第五王子と婚約が結ばれた。

 かの国は小さい島国でありながら国民全員が魔法という不思議な力を持ち、彼らが作った魔道具は今までの生活を一変させるほどの物だった。


 弱小国故に異国とは没交渉だったこの国は、一躍にして周辺国から一目置かれるようになった。



 しかし婚姻まであと三年という頃、王女は“不治の病”を患った。

 視界から色が消え、食欲が落ち、胸が苦しくなる。


 城に勤める医師でも病を治す事は出来ず、誰もが頭を抱えた矢先──とある近衛騎士と手を握ると症状が緩和される事が判明したのだ。


 彼の名はヴィルゲン・オルト。

 伯爵家の次男で、その見目の良さから近衛へと抜擢された男だった。


 王女の周囲は察した。

 “王女と騎士の実らぬ恋”──まさに“不治の病”だと。


ーーー


 婚約者のヴィルゲンからその話を聞いた時、ミザリー・メルズは王女を憐れんだ。


 ミザリーの婚約も王女の婚約も政略だ。入れ替えれば済む話ではない。

 もはや魔道具は平民にも普及し、生活になくてはならないものになりつつある。異国の王子との婚約を今更白紙には出来ないだろう。


 だからミザリーはヴィルゲンに言われるがまま婚姻を延期し、彼が王女を優先する事を許した。

 そんな彼女を、周囲は“騎士の婚約者は寛大だ”と褒め称えた。



 それから二年。

 王女の病は治らず、婚約者はミザリーに文一つ送ってこない。

 周囲はミザリーを“金のために騎士と王女を引き裂いた悪女”と蔑むようになった。


 ミザリーの父は商人で、当時まだ希少だった魔道具を融通してもらうために、昔から親交のあるオルト伯爵家と婚約を結んだ。金のためなのは間違いない。


 しかし父に似て商人気質なミザリーは、他人の美談のために自分を犠牲にする気はなかった。婚約を白紙にしてしまえば、ミザリーの評判もこれ以上下がる事はない。

 

 ヴィルゲンに会うために何十枚も手紙を書いたが無視をされ、登城も拒まれ、得意先の貴族に頭を下げてようやく彼と話す機会を得た。

 場所は彼の邸の客室。応接間でも庭園でもない。ミザリーを歓待していないと暗に告げている。


「婚約を白紙にして下さい。父も了承しています」


 既に魔道具は平民にも広まり、婚約の利点は失われた。それどころかミザリーの家の評判まで貶められようとしている。

 商人にとって信用は金よりも重い。それは貴族も同じはずだ。


 しかしヴィルゲンはミザリーの要求を罵倒で返した。


「これだから平民は……! 健気にも姫は俺への恋を諦めようとされているのに、泥を被るとなったら逃げるのか!」

「もう二年です。恋の病にしては長すぎると思いませんか。もしかしたら別の──」

「姫が嘘を吐いているとでも言うつもりか!」


 聞きたくないとばかりにヴィルゲンはミザリーの腕を掴むと、無理矢理引きずって庭へと放り出した。


「……姫と比べられると分かって“悲恋の騎士”に嫁ぐ令嬢など居ないからな。お前とは婚姻してやるさ。次に姫を侮辱したら指を切り落としてやるからな」


 そう言ってヴィルゲンが立ち去った後、ミザリーが立ち上がる間もなくオルト伯爵夫人が現れた。おそらく、どこかで二人の様子を窺っていたのだろう。


「図々しい子ねぇ。そこまでしてあの子の気を引きたいの?」


 二年前までは内気気味だった夫人も、“悲恋の騎士”の母として周囲に持て囃されて人が変わってしまった。

 伯爵夫人にしてはあまりに華美すぎるドレスと装飾品を身に纏い、貴族の集まりに積極的に参加している。その浪費で伯爵家が困窮しつつある事にミザリーは気付いていた。

 平民だ悪女だと蔑みながらミザリーとの婚約を白紙にしないのは、商会の資金を当てにしているからだ。


「……オルト伯爵夫人、冷静になって下さい。王女が婚姻されれば周囲の関心は他へ散ります。今の生活を続けていたら──」

「黙らっしゃい!」


 ミザリーは立ち上がって進言するも、夫人の扇子で頬をぶたれる。飾りで頬が切れて血が伝う。

 夫人は汚物のように扇子をその場に捨てた。


「私も周りも変わらないわ。悪女を娶った“悲恋の騎士”の母になるだけだもの。みっともなく足掻きなさい。面白おかしく笑ってあげるわ」


ーーー


 貴族と平民の婚約は貴族側の同意がなければ白紙に出来ない。

 裁判という手もあるが、ヴィルゲンに瑕疵がないのに強行すれば「身勝手に婚約を白紙にしようとしている」と思われてしまうだろう。


 ヴィルゲンは夫人に似て気が小さい男だ。憧れの王女に想われていても手を出してはいないだろう。

 異国との国交が無くなるのは困るが、ヴィルゲンの度胸のなさについ悪態をついてしまう。

 

 それから幾度もミザリーは婚約から逃れようと抵抗したが、夫人によって更なる悪評となって広まった。

 命を断つ事も考えたが、家族が悲しむと思えば躊躇った。いっそ死を偽装して異国へ行きたいと夢見るも、貴族を欺いた事が暴かれでもしたら父もただでは済まない。


 身動きも出来ずに月日だけが流れていく。


 王女の婚姻まで半年と迫る頃、ミザリーは病に倒れた。

 よりにもよって王女と同じ病状──“不治の病”だった。


「最悪だわ……」

「ミザリー」

「……お父様、調べていただきました?」

「ああ。しかし異国にもそんな病はないようだ」


 実際同じ病にかかって確信した。これは“恋の病”などではない。

 しかし王女同様、あらゆる医師に診てもらっても治療法どころか原因すら分からない。


 医師達には口止めを頼んだものの、ミザリーの“不治の病”の噂は瞬く間に広まった。

 耳にした者の殆どは「婚約者の気を引くために姫の真似事を始めたのか」と嗤ったが、ある者が夜会で「伝染病ではないのか」と漏らした事で、“王女と騎士の悲恋”の幻想が初めて揺らいだ。


 その事に一番憤ったのは、オルト伯爵夫人でもヴィルゲンでもなく王族だった。特に王女を溺愛している王の怒りは凄まじい。

 王女の悲恋の邪魔をした挙げ句、貴族に不要な不安を抱かせたのだ。王は悪女の仮病を暴くため、王城で開かれる夜会の招待状をミザリーへ送った。


「“病を理由にした欠席は不可”……」

「……ミザリー。異国へ行こう。この国はもう駄目だ」

「出席するわ」

「ミザリー」

「王城に行けば……王女にお会いできるかもしれない」


 病の娘を連れて国を出ようとしたところで、すぐに連れ戻されるに決まっている。

 ならば王女に会ってミザリーの保護を願い出る方が幾らか勝機はある。


 王女が同じ病を抱えていたとて、ミザリーの味方になってくれるとは限らない。

 実際に彼女は恋の病にかかっていて、ヴィルゲンと婚約したいがために嘘をついたのかもしれない。


 しかし王女が言った通りの病にミザリーがかかった。

 ミザリーには、まるで王女が助けを求めているような気がしたのだ。


ーーー


 夜会の日。

 父と共に登城しようとしたが、なぜかヴィルゲンが迎えに来た。


「直々に迎えに来てやったぞ、ミザリー」

「……結構です。付き添いは父に頼みましたので」

「王が呼んだのはお前だけだ。付いてきたところで城には入れない」

「ミザリー!」


 強引に腕を掴まれて馬車へ連れ込まれる間際、父に視線を送った。きっと意味は通じているはず。

 対面で座ったところでヴィルゲンの腕が離される。途端に視界がくすみ胸が痛みだす。彼が病を軽減させるというのは嘘ではないらしい。


 とても座っていられず窓に寄りかかると、ヴィルゲンはニタリと口元を歪ませた。


「へえ? 仮病かと思えば本当だったのか」

「……王女が病だと気付いていたのね」

「触れると何となく違和感があるんだ。俺にはどうやら未知の病を緩和する、魔法のような力があるらしい。──この力がある限り王族は俺を手放せない。俺は一生姫の傍に居られる」


 ヴィルゲンの言葉にミザリーは不快げに顔をしかめた。

 もしこの世に神がいるとしたら、どうしてこんな男にそんな力を与えたのか。


 王女の病について王に正直に報告していれば、もしかしたら今頃治療法が見つかっていたかもしれない。

 恋の病だと思い込んだ者達に囲まれ、二年も独りで病に耐えてきた王女の気持ちを思うと、目の前の男を馬車から突き落としてしまいたかった。


「姫の傍に居るなら既婚者の方が都合がいい。そのためにお前と婚姻するんだ」

「…………」

「ハッ。言い返す気力もないか。俺に力を使ってほしければ、何も喋らず大人しくしていろ」


 馬車が停まり、再び腕を掴まれて引きずられる。

 彼に触れられている間は病状が緩和するとはいえ、体力も落ちたミザリーでは抵抗する事さえ出来ない。


 大広間に連れてこられ、王が座る玉座の前に放り出される。

 床に倒れた痛みを堪えながらも、ミザリーはぎこちなく深く礼をした。周囲から微かに嘲笑が聞こえてくる。


「──ヴィルゲンよ。この者が例の“悪女”か」

「はい。先程、馬車の中で自供しました。王女殿下への嫉妬に駆られ、同じ病にかかったと狂言をしたと」

「ふむ……」


 王はヴィルゲンの言葉を鵜呑みにして、ミザリーに尋ねようともしない。

 割り込まなければならないのに、大広間に入ってから急激にミザリーの体調が悪くなった。今は倒れこまないようにするのが精一杯だ。


 ミザリーが胸の痛みに苦しむ中、ヴィルゲン達の茶番は続く。


「元はといえば、私の監督不行届きが原因です。罰を与えるならどうか私も共に」

「流石はシルヴィアの騎士だ。シルヴィアを娶るべきそなたが、このような女の面倒をみなければならないとは……運命とは非情なものよ」


 なにが運命だ。国益のために王女の恋を切り捨てたのは王自身だろう。

 誰も彼も自分の都合の良い夢を見て現実を見ようとしない。不治の病に苦しむ王女を見たくないがために、恋の病なのだと思い込んだ。


 懸命に病と闘う王女を独り、置き去りにして。


「シルヴィアの騎士に免じて、この場にいる者全てに頭を下げて謝罪しろ。そして速やかにヴィルゲンと婚姻し、二度と儂に顔を見せるな」

「ありがとうございます。──立て、ミザリー」


 ヴィルゲンは痣が出来た腕を再び掴んで立たせようとするが、もはやミザリーにそんな気力は残っていない。彼に触れられていても病状は一向に良くならない。

 立ち上がろうとしないミザリーに、周囲の視線は次第に鋭さを増していく。


「──ヴィルゲン。その女は納得しておらぬようだが」

「そんな事は……っ、おい、いい加減にしろ!」

「う……っ」


 焦ったヴィルゲンがミザリーの胴体を抱えて立ち上がらせようとするが、強く腹部を圧迫されて込み上げる吐き気を堪えきれなかった。

 吐血して床を真っ赤に染めたミザリーを見て、周囲から一斉に悲鳴があがる。


「血を吐いたわ!」

「やはり伝染病なんだ!」

「ち、違います! 全てはこの女の──」

「もういい! この女を叩き切れ!」


 もはや収拾がつかなくなった場で、ミザリーは力なく倒れこむ。

 そのまま目を閉じようとした矢先、玉座の後方にある扉が音を立てて開いた。


「──これはどういう事ですか」


 現れたのはシルヴィア王女と彼女をエスコートする青年。正装は異国のものだ。

 彼らの登場に場は静まり返り、王とヴィルゲンが慌てるように歩み寄る。


「この国では夜会の前に女性を虐げる決まりでも?」

「い、いや、これは……」

「アルトロス様、ここは私に任せて彼女の処置を」


 シルヴィア王女は以前より痩せて顔色も悪いが、毅然とした姿で立ちはだかった。


 青年は玉座を横切って階段を下り、倒れたミザリーの側で膝をつくとその手に触れる。

 温かな光に包まれたかと思えば、先程までの痛みや苦しみが嘘のように霧散した。


 ミザリーが恐る恐る身体を起こすと青年と目が合った。黒髪に金の瞳──異国人だ。


「アルトロス……第四王子殿下」


 憧れの異国だ。王族の情報は既に仕入れている。

 王子は五人。全員が特出した才能の持ち主で、第四王子は治癒魔法の使い手だ。婿入りの準備のため、国を出られない第五王子の代わりに会いに来たのか。


 思わず呟いたミザリーにアルトロスは顔を綻ばせ、着ていた上着を彼女へ羽織らせる。


「立てるかい? 大分楽にはなったはずだが、これ以上魔道具がひしめく場所に留まるべきじゃない」

「……魔道具が原因なのですか?」


 大広間の光源は全て魔道具だ。招待客も必ず一つは魔道具を身に付けている。

 ミザリーが尋ねるとアルトロスは首を横に振った。


「まだ仮説だが、魔道具は切っ掛けに過ぎない。おそらく君は──」

「──いい加減にして!!」


 その声に視線を向ければ、王女は苛烈なまでに王とヴィルゲンを怒鳴り散らしていた。頬がこけている分迫力がすさまじい。


「彼女が悪女? 勝手にそう仕立てたのは貴方達でしょう! そんな彼女を連行して身勝手に断罪するなど、それが王のする事ですか!!」

「ひ、姫……そう怒鳴ってはお身体に障ります」

「触らないで!」


 ヴィルゲンが伸ばした手は王女に振り払われた。

 呆然とする彼に王女は容赦なく斬りかかる。


「アルトロス様が教えてくれたわ。貴方、本当は気付いていたんでしょう? どうして言ってくれなかったの。私が苦しんでいた様をずっと側で見ていたのに!」

「それは……っ」

「──王女殿下が“恋の病”にかかったままだと都合が良いそうです」


 アルトロスに手を貸してもらい、ミザリーが三人の元へ辿り着く。


「“王女の騎士”である限り、ヴィルゲンも伯爵家も安泰ですからね。()()()()()()()()()()()()()()

「ミザリー……!」


 ヴィルゲンが“恋の病”を否定していれば、王家に恩を売り、王女と深い仲になれた可能性もあった。

 そうしなかったのは王女より優位に立ちたかったのか、“王女に触れられる”という大義名分を惜しんだか。考えれば考えるほど嫌な想像が過り、ミザリーは黙りこんだ。


 だが王女にとっては、その言葉だけで充分だったのだろう。病に伏す中、婚姻後の事を想像せずにはいられなかったはずだ。

 病が治らない限り、王女が子を成すにはヴィルゲンの協力が不可欠。それどころかヴィルゲンと子を成した方が王女の負担も減るのだから。


「……貴方のお陰で二年も生き延びられた。その点だけは感謝しているわ。でも──貴方の子を産むくらいなら死んだ方がマシよ!」

「姫……!」

「貴様! よくも儂らを今まで騙してくれたな!」

「何を言っているのです陛下。彼は貴方達の妄想を利用しただけです」


 王の怒りの矛先がヴィルゲンへと向いたが、王女は事実を突きつける。


「いい加減夢から醒めて下さい。陛下は病に苦しむ娘を放って、自分に都合の良い妄想に酔い、悪役に仕立てた女性を殺そうとしたのです」

「違う……っ、儂はシルヴィアのために!」

「陛下が愛した娘は今日をもって死にました。私は異国に嫁ぎます。二度とお会いする事もないでしょう」

「な……な……っ」


 絶句する男達を放り、王女はミザリーの前に立つ。

 痩せ細っていても美しい方だ。ミザリーは思わず見惚れてしまう。


「……ごめんなさい。病を理由に婚約破棄されるのではないかと、貴女が病にかかるまで異国に黙っていたの。もっと早く連絡していたら……こんな事にはならなかったのに」

「いいえ……王女殿下も王子殿下も私を救って下さいました。ありがとうございます」


 頭を下げようとする王女を制し、ミザリーは二人に感謝を告げる。

 もし王子でさえ分からない病だったら、実際に婚約を破棄されていたかもしれないのだ。王女がミザリーを想い、賭けに出てくれた事に違いはない。


 互いに目を合わせて微笑む二人に、アルトロスは苦笑しながら声をかける。


「まだ話し足りないだろうが、先程の魔法は簡易的な処置に過ぎない。また体調が悪くなる前に城を離れよう」

「っ待て!!」


 引き留めたのはヴィルゲンだ。もはや余裕がなく不敬な言動にも気付いていない。


「俺も連れて行け! 俺は魔法を使えるんだ! 姫の病を緩和出来るのは俺だけなんだぞ!」

「必要ない」

「な……っ!」

「確かに他人の魔力を吸収するお前の体質はある種貴重ではあったが、二年もの間シルヴィア王女から溢れた魔力を吸収し続けたなら、そろそろ満水に近いだろう。先程ミザリー嬢に触れても緩和しなかったようだしな」

「そ……んな……」


 ミザリーは異国の魔法使いについて調べた内容を思い出した。

 全ての人間の身体の中には魔力の器というものが存在する。成長と共に器は大きくなるが、常に魔力が満ちた状態で保たれている。


 魔法使いは、その器から溢れさせた魔力を使って奇跡を起こす。

 となると、ミザリーと王女の病は──


「まさか……私達が魔法使いになり始めているという事ですか?」


 ミザリーの言葉に、耳を澄ましていた貴族達がざわめいた。

 今まで魔法使いは、魔法使いからしか生まれないのが常識だった。だからこそ異国は他の国々から一目置かれ、他国へ移住した魔法使いは侯爵位を与えられる。


 この国には魔法使いはいなかった。

 異国の血をもたない魔法使いが二人も生まれたとなれば、とんでもない事になる。


「まだ仮説だ。でもその可能性は限りなく高いと思っている。私は自分の魔力を使わず君達の身体を癒した。そんな事は魔法使い同士でないと行えない」

「異国の血が流れていなくとも……?」

「前例はないが、魔力の器を持っている時点で魔法使いの素質はあるんだ。それが何かの切っ掛けで魔力が溢れても、何らおかしな事ではない」


 彼曰く、魔法使いは生まれた時から魔力による耐性を持っている。制御を失って魔力が溢れ続けても魔力酔いになるだけで死に至る程ではない。

 しかし元々人間だったミザリーや王女に魔力の耐性はない。それ故に制御も出来ず、溢れ続けた魔力が身体を蝕んだ。


「おそらく魔道具が常に周りにある環境が、君達の魔力の器に何らかの影響を与えた。だから魔道具の側だと悪化する。ミザリー嬢の病の進行が早かったのは、精神的抑圧によるものだろう」


 改めて促され、今度こそ会場を出る。

 支度に王女の部屋に行くのかと思えば、すぐ側の侍従の待機部屋へと案内された。


「あの……?」

「向こうは王女の支度が済む前に城を封鎖するつもりだろう。ミザリー嬢は多少猶予はあるが、シルヴィア王女には諦めてもらわないといけない」

「大丈夫よ。アルトロス王子から話を聞いてから覚悟はしていたもの」

「……私も荷物の整理は済んでいます。元々、城から戻った後は国を出るつもりでしたから」


 店も従業員も、この国で出店を望んでいた異国の商人に既に譲り渡した。異国との関係を思えば、王や貴族が介入してくる事はないだろう。

 それでも王都を脱出出来るかは賭けだった。ミザリーは勝負に出て、勝ったのだ。


 その後、アルトロス王子が所有していた転移のスクロールでミザリーの家へ移動。ミザリーは父との再会を果たした。

 最初は王女と王子の来訪に恐縮していたが、ミザリーの病の原因が分かったと伝えると泣いて喜んでくれた。


 転移のスクロールは人は運べても荷物は運べない。話し合いの結果、ミザリーは王女や王子と共に異国へ転移し、父は魔法使いの護衛と共に船で異国へ向かう事となった。

 次の再会は早くても一年後のようだが、手紙を送る魔道具で連絡はとれる。ミザリーはそれまでに魔力を制御し、異国で商機を見つけておかなければならない。


 異国へ行ったからといって幸せになれるとは限らない。

 しかし、どう足掻いても絶望しかなかった未来と比べれば、充分希望に満ち溢れていた。


ーーー


 あれから三年の月日が流れた。


 魔力の制御が出来るようになったミザリーと王女は、異国にて“新生の魔法使い”として認められた。

 他国は躍起になって自国で新生の魔法使いを探したようだが、見つけても魔力の制御には魔法使いの手助けが要る。国が囲う事は難しいだろう。


 シルヴィア王女の父王は悔し紛れに「新生の魔法使い誕生の国」と周辺国に吹聴したが、その真偽を確かめた各国によって一連の失態が暴かれ、逆に「新生の魔法使いに捨てられた国」と蔑まれる事となった。

 辛うじて異国との貿易は続いているが、ただの思い込みと同調圧力で一人の女性を殺そうとしたのだ。かの国の心証は悪く、輸出される魔道具の数は減った。


 隠蔽して甘い蜜をすすり続けようとしたヴィルゲンとその家族は、奴隷に落とされた。王族に飼われて日々の鬱憤をぶつけられているらしい。

 あれだけ王族に必要とされたがっていた彼らだ。本望だろう。


 シルヴィア王女は第五王子のカロスロスと婚姻し、彼と共に王族を辞めて魔道具の開発に没頭している。

 彼女は幼い頃から魔道具に興味があり、カロスロスとの縁もシルヴィアが異国へ手紙を送った事が発端だったようだ。魔道具の開発者になる事を夢見ていたが父王に反対されていたらしい。

 噂は噂でしかないのだと改めてミザリーは痛感した。


「ミザリー! やっと新作が完成したわ!」

「おめでとう。でも父に見せる前に髪を整えないと。大変な事になってるわよ」

「くせっ毛だもの。いっそ丸坊主にして髪型を変えられる幻惑の魔道具を作ろうかしら」

「カロスロスさんが泣くから止めなさい」


 いつしかミザリーとシルヴィアは親友となっていた。似た病を抱え、共に異国へと旅立ったのだ。こうなるのも必然とも言えた。


 改めて話を聞けば、二年もの間彼女も壮絶な日々を過ごしていたようだ。

 そもそも好きでも何でもない男が四六時中傍に居て、恋人面をしてくるのだ。婚姻まで生き延びるために彼の機嫌を損ねる訳にもいかない。

 体調が良い日は呼びつけるなと命令しても、気を利かせたつもりの侍女がヴィルゲンを呼びつける。まさに地獄だ。


 ヴィルゲンの婚約者の話を耳にした時は、何度かミザリー宛に謝罪の手紙を書いたという。

 一通も届いていないので、またも気を利かせたつもりの誰かが紛失させたのだろう。おそらくミザリーがヴィルゲンへ送った手紙も同じ末路を辿っていたに違いない。


「彼らこそ患っていたのよ。愚かという“不治の病”にね」


 シルヴィアは父王がミザリーへ向けた言動が未だに許せず、彼らからの謝罪の手紙も読まずに捨てている。家族への情を失った訳ではないだろうが、愛しているからこそ許せない事もある。

 もし彼女が家族を許したいと思える日が来れば、その時は背中を押すつもりだ。


 アルトロス王子もまた王族を辞め、未知の病で苦しむ患者を救うために他国へ赴くようになった。

 異国は自由を尊ぶ国柄故か、身分差はほとんどなく、王族を縛る決まりも緩い。ミザリーも初めて聞いた時は驚いたものだ。


「悪いね。父君の手伝いもあるのに」

「気にしないで。嫌なら来ないわ」

「そうだね。君はそういう人だ」


 その頃には友人のような間柄になっていたミザリーは、市場調査を兼ねて彼の助手として幾度も同行した。

 彼に恩を返したかった気持ちもあり、かつて謎の不調に苦しんでいた身を思えば、とても他人事のようには思えなかった。


「今回は君にどうしても購入してもらいたいものがあってね」

「商談なら遠慮なく買い叩くわよ?」

「私は言い値で売るつもりだったが、父君に怒られてしまったよ」

「当たり前よ」


 親しい間柄であったとしても商品の価値を不要に下げ、商人の目利きを侮る。それは決して対等な関係ではない。


「でも父に気に入られてるのね。あの人、怒る価値のある人にしか怒らないの」

「それは……良い事を聞いた」

「上手くいきそう?」

「分からないけど勇気は湧いたよ」


 アルトロスが案内したのは、とある国の辺境にある湖だった。

 まだ昼間だというのに湖は夜空を切り取ったように黒く瞬いており、酷く幻想的な光景だ。


「すごい……」

「たまたま近くに寄った時に魔力を感じてね。夜を好む魔法生物でも住んでいるんだろう」

「流石に私も魔法生物は買い取らないわよ」


 この規模と魔力だ。ドラゴンが住んでいてもおかしくない。

 ミザリーが半目になるとアルトロスは慌てて否定した。


「いや、その、連れてきておいて何だが、場所は関係ないんだ。ただ……この湖の美しさを君と共有したかっただけで」


 キザな台詞を言った自覚があるのか、アルトロスの頬が赤い。

 仕事はそつなくこなすのに女性慣れしていない。元王子なのに正直でお人好し。表裏も打算もない彼の傍は驚くほど心地好い。


 商人は身の丈にあった商売しかしない。

 だからミザリーは最初から可能性を切り捨てていたのに。


 アルトロスはソッとミザリーの手を握った。


「私の人生の半分を……君に買ってもらいたい」

「……借金は御免だわ」

「そ、そうじゃなくて……君の人生の半分で払ってほしい」


 必死に口説き文句を考えてきたのだろう。もはや首まで真っ赤である。

 つい先程まで意識などしていなかったはずなのに、今はただ愛おしいと思う。


「対価が釣り合わないから、このままじゃ商談にならないわ」

「……そう、か」

「今はとりあえず仮契約ね。子供が生まれたら改めて商談しましょう」

「子供……子供?!」


 驚きで声が裏返ったアルトロスに思わず吹き出し、そのまま彼に抱きついた。

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