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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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短編ホラー

張り合い

作者: 壱原 一
掲載日:2026/05/05

高校の3年間を、奨学団体の仲介で善意の初老□性宅へ居候させて貰っていた。


□性は貿易会社経営者で、自身の生い立ちの苦労からうん十年学生を受け入れてきた。同時期は先輩と同輩と自分の3人が世話になっており、寄る年波ゆえ自分達を最後に寄付へ切り替えると聞いていた。


それから幾年後のこの程、□性が退職して縁ある遠い国へ隠居すると、団体からの会報に載った。


一応登録されていた、歴代の居候達で成る連絡会が、実質はじめて本格的に稼働する。ぎこちない協議の結果、最終世代最若手かつ最寄りの自分が代表で挨拶へ伺う事になった。


他の面々と同じく、自分も卒業と共に□性宅を辞して以降は、折々の挨拶状を交わす位で随分ご無沙汰していた。けれど□性こと□さんは快く応じてれた。


*


□さん宅は当時と変わらず古くからの高級住宅街に建つ。


生成りの壁に青の屋根、コンクリートのブロック塀に黒い鋼鉄の門扉と装いは至って地味ながら、丹念に整えられた庭に悠々たる敷地も相俟あいまって、周囲の壮観に引けを取らない貫禄を備えている。


玄関に手摺とスロープが加わっていたり、呼び鈴がカメラ付きインターホンになっていたりに時の流れを感じる。「ああ、ああ。立派になって」と相好を崩して迎えて呉れた□さんの、しゅるりと脂が抜けた姿には尚更いう迄もない。


玄関を入ってぐ右の応接室へ通されて、茶と菓子をご馳走になる。お変わりなくだの其の後どうだのと一通り話に花を咲かせ、「それでは彼方あちらでもお元気で」と辞去の頃合へ至る。


その際□さんから、「お中元を余らせているので好きなのを見繕って持って行け」と申し出を受ける。揃って応接室を出て玄関を過ぎ、左奥の生活空間へ導かれた。


*


□さんのゆっくりした歩みを追って、まだ新しい手摺が目立つ廊下を進む。


道すがら、昔は鈴蘭型の硝子製ランプシェードだった照明が、樹脂製のシーリングライトに替わっていたり、段差のあった片開きの扉が、無段差の引き戸になっていたりするのに気付く。


自分にとって□さん宅は、中学までに荒れ果てて崩壊した己の出生家庭より、よほど居心地よく気を抜けて、安定した生活拠点だった。久し振りに帰省した実家を懐かしむような感覚で、しみじみ眺め回して仕舞う。


当時、自分達居候は、総じて消極的な止むを得ぬ事情により、此処へ来ざるを得なかった。


家主たる□さんや団体の人達には、もちろん感謝と尊敬の念を抱いている。


一方で銘々の胸中には、多かれ少なかれ、一刻も早い自立への焦りと渇望と重圧、致し方ない不公平感や鬱屈が巣食っていた。その湿った傷み易い部分が互いに接して仕舞わないよう、自然に距離を取り合っていたと思う。


此処へ来られたのは有難く幸いな事、考えるのすらせん無い事だと十二分に分かっていても、本当は、こんな他所の家へ来たくなかった。


こんな人達と知り合わずに居たかった。それが叶う環境に在りたかったと、執拗に滲み出す気持ちを拭い切れず、団体の人達やこの家、□さんと、互いを、根本の深い部分で、抑え難くいとい、うとんでいた。


そういう節があったと思う。


故に居候達は、急ぎ足に巣立った後、連絡会に入って、送られてくる会報を受け取りはしていても、互いに音信を取り合ったり、この家や団体へ顔を出したりせず、ただ□さんに最低限の礼だけを尽くして()の機を迎えた。


振り返ってみると□さんに、何とも荒涼とした情の無さを呈して来たものだと、今さら苦く胸に沁みつつ奥の台所へ到着する。


*


台所は横長で、手前の長辺の左端に出入口がある。


食堂を兼ねていたので、中央に、横3、縦1、計8人掛けのテーブルセットが、横長の向きで据えられている。


かつて同期の居候達と、言葉少なに食事を繰り返した広い天板の上へ、今は色も形も様々なお中元の箱が積まれている。


□さんは、「気に入る物があると良いけど」とテーブルの対岸へ回り込み、椅子の背凭れに片手を突いて、自分が何か選ぶのを待った。


食事はいつも団体のボランティアさん達が作りに来て呉れていた。


内の年配の一方ひとかたが作る煮魚が特に好きだったなと思い出しながら、「恐れ入ります」とテーブルの手前の岸へ歩み寄る最中、前進する視野の右奥が、妙に黒いのに気を引かれる。


床が、日陰の暗さでなく、もっと反射の無いまま下へ突き抜けて暗い。


つまり穴だと判ずると共に、規模を見に目が動いていて、テーブル右の通路部分がごっそり開いているのを認める。


囲炉裏や掘り炬燵の如く、断たれた床板のふちが木枠で囲われ、壁面も何やらで固められ、四角に深々と開いている。


蓋らしき物は見当たらず、収納があった記憶も無いので、新たに施工された穴だろう。


数歩でテーブルへ辿り着きつつ、思わず少し背を反らし、首を差し伸べて窺うと、中に人形が並んでいる。


一様に此方へ背を向けた、片手サイズの陶製と思しき人形がざっと数十、小さな兵馬俑へいばよう(兵と馬をかたどった副葬品)さながら等間隔に整列し、釉薬の艶々した頭部を覗かせていた。


どの頭もずんぐりと横に大きく、その割に垣間見える肩幅は狭く、古風な首振り人形を彷彿ほうふつとさせる。


頭や耳、髪型に髪色と、1体ずつ造形が違っているようで、手前のほど削れやひびが多く、くすんだ釉薬が剥がれて、白い陶の粉を吹いている。


皆こちらへ背を向けているので、碌に横顔も見えないが、殆ど黒や紺の畏まった衿元をしている。


高校の制服に見える。


反射的に自分たち元居候と結び付く。けれどその先が思い付かず、また咄嗟に越えるべきでない明らかな一線を感じ取る。


差し伸べていた首をぎしっと強張らせて前へ戻す。無心を装い目を伏せるなり、視界に入った□さんの、背凭れに突いた片手が浮く。


勢い追って顔を上げると、全く意に介していない平然とした皺顔が、枯れた片手で口元を覆い、口端から顎の稜線をおっとりしごくのに行き合う。


「だぁれも居んようになってから、はあ、張り合いが無くってね」


細い声が上顎につかえて、せる寸前の震えを含む。ことさら落ち着いた調子で、□さんが片手の内に言う。


「それで、貴方さん方がんだ後、最初の人らから1人ずつ、そうして代わりを作って、毎日お祈りしてるんです」


ちょっと飲食おんじきを供えてね。健康、長寿、繁栄を願って。


ひとぉり、1人に目掛けて、よぉーっく、お祈りしてるの。


言及されたからには、反応しない訳にゆかない。


ははあと胡乱に感嘆し、改めて穴へ目を向けると、なるほど縁に輪染みがある。きっと飲食を供えている跡だ。


祈って呉れているならと、取り敢えず頭を下げお礼を言う。


下げた頭の先で□さんは、遂に噎せたようなしゃがれた息をぜい(・・)と漏らす。


ぜっぜと微かに続く合間に、喉の奥で声を弾ませて、「はあ、は、良いのよ。良いの」と、かすれる声を絞り出す。


お礼なんてすっこと、なぁんも無いのよ。あなた。


こっちが勝手してるんだから。


これでねぇ、ぐぅっと張り合いが出て。


まだまだぴんしゃん出来るもんです。


咳を堪えている所為せいで、端々に鋭く空気が抜け、声が上擦って揺らいでいる。


下げた頭上から降り注ぐ、聞き取り辛い割れ声に、必定、耳を澄ませていると、とても苦しげで、居た堪れず、そわそわと気まずい。


耳に粘り付いて癇に障る。


ずいぶん意地悪く冷淡に、憫笑びんしょうされているように聞こえる。


突如ひらめいた印象を、まさかそんなと受け流してお辞儀から直る。


果たして対岸の□さんは、眉をしんなり八の字に寄せ、弛んだ下瞼を盛り上げて目を細め、依然片手でひっそりと口元を覆っている。


如何いかにも此方を見下げ果て、忍び笑いしている風にも、傷んで悶える呼吸器に苦渋している風にも見え、して話した事が無く、機微の分からない自分では、皆目見当が付かなかった。


それでもテーブルの右へ周り、穴をまたぎ越えて向き直って屈み込み、並ぶ人形の最前列の、面影を宿す3つから、馴染みの1つを指差して右横の□さんを仰ぎ、「頂けますか」と訊ねた時、既に自分の直感が答えを出していたと思う。


穴から仄かに立ち昇る、嗅ぎ慣れない酒と香のにおいの先で、□さんは自分を見下ろし、口元から片手を外して、乾いて突っ張った唇をひたりと弓形にめくり上げ、綺麗な白い歯を露にした。


今度ははっきり笑みを浮かべて「そうしなさい」と頷いた。


*


知らぬ間に置き去りになっていた、あの家に居た頃の自分と、向き合って、受け入れられたお陰で、以後、密かに空いていた穴が、元の通り埋まったように、気力が満ちて好調だった。


何時いつも薄らぼんやりと陰っていた意識が晴れ、明るく健やかな心境で、寝付きも寝起きもすこぶる良い。


□さん宅は更地になり、流石の高値で買われたそうだ。


たぶん穴に居た人形は、全て□さんに遠国へ連れて行かれただろう。


進路を決めあぐねていた時期、養子に来ないかと打診された事があった。


然して話した事が無いのに、何を買われたのか当惑し、丁重に断ったのを思い起こしつつ、団体からの会報を見る。


写真に映る□さんは、少し噎せていた名残も無く、精力満杯の様相で、ぴんしゃんと破顔している。


縁あると言う遠い国は、これから益々発展せんと坩堝るつぼの勢いを増す傍ら、古くから受け継がれる数多の種類の風習が盛んに息衝(いきづ)いているらしい。


無事挨拶を済ませた旨を、連絡会へ報告したが、反応は一層少なくにぶい。


今後、消息は更にまばらに、やがて完全に消え失せて、辛うじて後に残るのは、危うく手元へ引き取って、厳重に仕舞い隠した、歪な人形1つ切りになるだろう。



終.

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