醜いアヒルの子
春のぬかるんだ池のほとりで、醜いアヒルの子は毎日笑われていた。
羽はくすみ、声は濁り、歩けば泥が跳ねる。
「なんだそれ」「見てられないな」
仲間たちは面白がってつつき、通りすがりの鳥さえも首を傾げた。
最初は悲しかった。
次に、悔しかった。
そしてある日、ふっと思った。
——どうせなら。
「どうせ醜いなら、もっと醜くなってやる」
それは怒りというより、静かな決意だった。
その日から、彼は変わった。
綺麗にしようとするのをやめた。
泥に潜り、腐った水を飲み、夜の暗がりに身を沈めた。
羽はさらに歪み、色は判別できないほど混ざり、
その体は次第に、アヒルとも鳥ともつかない形になっていった。
誰も近づかなくなった。
笑う者すらいなくなった。
数年が過ぎた頃、池のほとりに、奇妙なものが現れた。
それはかつてのアヒルの子だった。
しかし、もはや「子」ではない。
目はどこにあるのか分からず、声は空気の震えのようで、
その存在自体が、周囲の景色を歪ませていた。
昔の仲間たちは、震えながら後ずさった。
そのとき、彼——それは、ゆっくりと口のようなものを開いた。
「ありがとう」
誰も何も言えなかった。
「君たちが笑ってくれたから、ここまで来られた」
声はやさしく、奇妙に澄んでいた。
「美しくなる道もあったのかもしれない。でも、僕は選ばなかった」
少しだけ、間があった。
「もっと遠くへ行きたかったから」
そう言うと、それは地面に体を押しつけた。
柔らかくなった土が、まるで迎え入れるように開く。
ずぶり、と沈む。
誰も止めなかった。止められなかった。
やがて、完全に姿が消えたあと、
そこにはただ、わずかに温かい土だけが残っていた。
誰かが小さく言った。
「あれは……なんだったんだ」
答える者はいなかった。
ただ、もう二度と、誰も軽々しく笑うことはなかった。
その数日後、地面が再び裂けて、光を複雑に屈折した何とも言えないプリズム体が発生した。それは、他の空気の部分との差異によってようやく見分けることができた。
アヒルの仲間たちは、
「あいつ、醜いアヒルの子から、見えないアヒルに成長しやがったっ!」
と叫ぶ。
彼は、ニッコリ笑うと飛び立って、空の中に、雲間へと消えていこうとしたのである。
だが、次の瞬間、たまたまその近くを飛んでいたジェット機にぶつかって、彼の体は四散した。それは、バードストライクにはならなかった。エンジンに巻き込んだのではなく、ジェット機の翼に当たったので、幸い旅客機に乗っている人々には何の影響もなかった。




