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第4話 Time is Brain

 宿を探すべく、街道を歩いていたギルバートは、反射的に足を止める。


 銀色に輝く甲冑の集団が姿を現した。王都守護聖騎士団。その中心で、数人の騎士に支えられ、一人の若い騎士が崩れ落ちようとしている。


「落ち着け、まずは寝かせて!」


「ダメだ、右手と右足が……。ついさっきまで、あんなに元気に剣を振っていたのに!」


 漏れ聞こえてきた言葉に、ギルバートの脳に残る。


(右半身の、突発性の片麻痺……。脳梗塞か、脳出血か、脊髄か)


 もし脳梗塞ならば、脳梗塞は時間との戦いだ。一分一秒ごとに、数百万のニューロンが死滅していく。


(Time is Brain――時は脳なり)


 さして上手いとも思えない、前世の標語を思い出す。


 ギルバートは葛藤した。目の前の患者の「騎士」としての未来は、刻一刻と失われている。


 前世なら、駆け寄って、すぐに救急車を呼びつつ神経学的所見を確認していただろう。


 しかし、 ここで騎士を助ければ、目立ってしまう。アレクサンドルは、追跡を諦めただろうか……ただでさえ、取り潰された公爵家の子供なんて、大人に目をつけられた場合、ろくな事態にはならないだろう。


「……最悪の二択」


 ギルバートは毒づく。


「騎士、金、ある」


 ぼそりと呟いたレイチェルが、言い訳をくれた。


 ギルバートは素早く、白衣風のコートを翻した。


「薬師見習いです! 俺に診せて!」


 立ち塞がる騎士たちの怒号を無視し、ギルバートは人混みを割って入った。 石畳の上に、騎士が寝かされている。


「子供が何を! 下がっていろ!」


「右半身が動かないんですよね? これはおそらく、『脳の病』だ。今すぐ処置しないと、その騎士は二度と剣を握れなくなる」


 不吉な予言に気圧されたのか、騎士たちが道を開けた。


 地面に横たわっていたのは、男装の女騎士だった。二十歳前後だろうか。短い金髪が汗で額に張り付いている。細身だが四肢にはしっかりと 筋肉がついている。


 ギルバートは素早く膝をついた。まず、手首の親指側で、脈を診る。ドクン、ドクドクッ、とリズムを欠いた拍動が指先に伝わる。


(……脈拍が、不規則。心房細動か?)


 心房細動。心臓の一部が細かく震え、ポンプ機能を果たせなくなる不整脈だ。


「これまでの病気に、高血圧や糖尿病や高脂血症はありますか? 名前は? こうなったのは何分前? 今回が初めて?」


 矢継ぎ早の質問をする子供に、けれどカトリーヌは真摯に答えた。


「……こうけつあつって何? 名前は、カトリーヌ。今回が初めて。30分くらい前に、最初は口と足が変になって。その後、口と足は動くようになって来たんだけど、手が全然良くならない」


「高血圧とかは……無さそうですね、若いし。高脂血症……血液に脂肪がドバドバの騎士ってのも変だし。右手を握って、開いて……うん、どちらも難しそうですね」


 心房細動は、若年層には珍しいが、弁膜症や過労、あるいは魔力過負荷による心筋の損傷があるのかもしれない。


 素早く、カトリーヌの目の動き・話し方、顔の筋肉・感覚などの所見を確認するが、手が動かない以外の異常はなかった。


「右手の麻痺……病巣は左脳だな。超急性期だ。高血圧などの既往もなく、心房細動あり、起床時発症でもない……心原性脳梗塞だろう」


 レイチェルが興味深そうに覗き込んでいたので、説明がてらつぶやく。


「レイチェル、接続コネクト。俺が前に描いた、脳内血管内の模式図は、暗記してるよな? 左中大脳動脈を視て」


 無言で歩み寄ったレイチェルが、ギルバートの肩に手を置く。


 視界が反転し、色彩が消え、カトリーヌの頭蓋内が透けて見えた。


 脳の左側に伸びていく、横倒しの血管が、鮮やかな赤に光っている。そしてその血管の、折れ曲がっている分岐点から先だけ、血管が見えない。


 血流の途絶した分岐部に、拍動に合わせて震える「どす黒い塊」が居座っていた。


「脳梗塞には大きく分けて……脂肪などが血管に溜まって、血管そのものが細くなるアテローム血栓性と、小さな血管が詰まるラクナ梗塞、心臓でできた血の塊が飛んでくる心原性の三種類がある。カトリーヌの場合、不整脈のせいで心臓にできた大きな血の栓が、一気に脳の血管を塞いだんだ。原因に合わせて、治療法も変えなきゃならない」


 血管を観察しながら、レイチェルに伝える。


「うん。やっぱり、出血じゃない。脳梗塞だ。血栓が血流を止めてる。カトリーヌさん、最近おしっこや便に血がまざったりしていない? 頭や体を強くぶつけたりとかは?」


 否、という返事だった。


(血管内治療の禁忌は、なし)


 おそらく、血管内治療を行うメリットが、治療リスクを上回る。


 ギルバートは、正面からカトリーヌに向き合った。


「今から俺が、カトリーヌさんの脳の血管に詰まった血の栓を砕こうと思います。血が通うようになれば、今、栓が通せんぼしているために血が行かなくなって酸素とか栄養とかが足りてない脳の領域が、息を吹き返すかもしれません。でも、すでにある程度は脳の細胞が死んでいるだろうから、どこまで腕の動きが治るかは分かりません。……これから行う処置は、強力な魔力を使います。当たりどころが悪ければ、亡くなったり、手だけじゃない後遺症が残るかもしれません。……どうされます?」


 カトリーヌは、動かない右手の代わりに、震える左手でギルバートの腕を掴んだ。


「治療してくれ。女のくせにと言われ続け、ようやく騎士になったんだ。利き手が動かないなんて……それこそ死んだようなものだ」


「……その覚悟、受け取りました」


 ギルバートは懐から、ミスリル製の打腱器を取り出した。


 *


「血栓破砕術を開始する!」


 ギルバートは叫び、ハンマーの先端をカトリーヌの左側頭部に当てた。 格好いいポーズでも取りたいところだが、いまは人命救助優先だ。


 ギルバートと左手を繋いだレイチェル以外の全員が、不安げな目を向ける。


(本当は脳血管内にカテーテルを入れて、血栓を『回収』したいが……そんな設備はない。精密に魔力を込めて、破片が遠方の血管に引っかからないほど小さく……分子レベルまで、血栓を砕く!)


 ギルバートは全神経をハンマーの先端に集中させた。


「MCA――ローランド裂・ドメイン――共鳴破砕レゾナンス・クラッシュ!」


 キィィィィィィィン、という高周波の音が森に響く。


「……魔力共振モードになった」


 レイチェルの声と同時に、ギルバートはハンマーに魔力を流し込んだ。


 バチンッ! 


 ハンマーを介した、超高周波の振動が、頭蓋骨を透過し、カトリーヌの脳内へ突き抜けた。


 レイチェルと共有した視界の中で、左中大脳動脈を塞いでいた『どす黒い血の塊』が、振動エネルギーを受け、一瞬で霧のように霧散する。


 血栓の結合が解かれ、ほどけていく。


「……再開通リカナライゼーション!」


 堰を切ったように、途絶していた部位に、鮮やかな血管が現れる。


 虚血に陥り、死に瀕していた神経細胞たちに、酸素と栄養が供給されていく。



 数分後。


 カトリーヌの瞳に、明らかな生気が戻った。


「あ……動く。右手が、動く……!」


 彼女がゆっくりと右の拳を握りしめた瞬間、周囲の騎士たちから地鳴りのような歓声が上がった。


「すげえな、坊主!」


「本当に見習いか?! 魔法療法士でもこんなの、みたことないぞ!」


「私、もう、剣は握れないかと……ありがとう、ありがとう、少年」


「……再発する可能性は、あるんです。もともと、不整脈のせいで心臓に血栓ができやすくなっていたんだと思う。絶対に、心臓の医者に不整脈について相談してください。……それと、クローバーの抽出物はない? 血を固まりにくくする成分が含まれているから、血栓の再発を予防できるはず」


 ギルバートの問いに、騎士が怪訝な顔をした。


「クローバーはあるが……薬草として使ったという話は聞いたこともないな。取ってくればいいのか?」


「ええと、普通のクローバーでは、ダメで」


(たしか、クローバーを発酵させて、成分を抽出して……だめだ、時間がかかりすぎる。数日以内には再発予防の治療を始めないと……。いや、血栓を回収したわけじゃないんだから、粉々にしただけなんだから……21世紀の日本の感覚でいちゃだめだ。今すぐにでも、抗凝固治療を始めるべきかもしれない。クローバーからの有効成分の抽出方法を検討している間に脳梗塞が再発したら、目もあてられない)


「……そうだ。この近くに『沼』はないですか?」

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