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ゴーレムに転生した俺。癒音ハンターの歩荷(ボッカ)となりて、騒がしくも愛おしい異世界を闊歩する。  作者: 団田図


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第3話 星屑の夜想曲と、揺れる炎の独白

 ボグレット火山の熱波を背に、レムとユッコの二人は緑豊かな森林地帯へと歩を進めていた。

 ごつごつとした岩肌の世界から一転、周囲は瑞々しい広葉樹に囲まれている。木漏れ日が苔むした地面にモザイク模様を描き、どこからともなく小鳥のさえずりが聞こえてくる穏やかな昼下がりだ。


「んーっ! マイナスイオンたっぷり! やっぱ森はいいねぇ、生き返るぅ!」


 先ほどまでの灼熱地獄が嘘のように、ユッコは元気いっぱいだった。

 重たい背嚢はいのうを背負ったレムの周りを、まるで羽の生えた妖精のようにぴょんぴょんと飛び跳ねている。彼女の尽きることのないスタミナには、岩の体を持つレムでさえ感服せざるを得ない。


「よし、今日はこの辺りでキャンプにしよっか! 川も近いし、最高のリッチだよ!」


 ユッコがビシッと指差したのは、開けた川沿いのスペースだった。

 彼女は慣れた手つきで荷物を降ろすと、テキパキと指示を飛ばし始めた。


「レムはまき集めをお願い! なるべく乾燥してて、よく燃えそうなやつね。あ、それと太い枝があったら、その怪力でバキッと割ってしてほしいな。私じゃノコギリ使っても日が暮れちゃうから」


 レムは了解の意を示すように、ゴクリと頷いた 。

 彼は森の奥へと足を踏み入れた。

 ゴーレムの体は便利だ。落ちている倒木なら、斧を使わずとも片手で持ち上げられるし、太い幹も膝を使ってへし折ればいい。

 レムは黙々と作業をこなした。元々、ライフセーバーとして体力仕事には慣れているし、何より「誰かの役に立つ」という行為が、今の彼にとっては自分の存在意義を確かめる大切な儀式でもあった。


 十分な量の薪を抱えて戻ると、ユッコはすでにテントの設営を終え、即席のかまどを組んでいるところだった。

 レムがドサリと薪を降ろすと、彼女は目を輝かせた。


「わあ、仕事が早い! さすがレム、頼りになるぅ!」


 褒められて悪い気はしない。レムは少し得意げに胸を張り、親指を立ててサムズアップを返した。


          ◇


 日が沈み、空が紫から濃紺へと変わる頃、キャンプ地には暖かな明かりが灯っていた。

 パチパチと音を立てて燃える焚き火を囲み、二人はそれぞれの時間を過ごしていた。

 夕食――といっても、簡単な干し肉とスープだが――を終え、あたりには夜のとばりが下りている。

 昼間の騒がしさが嘘のように、森は静寂に包まれていた。聞こえるのは川のせせらぎと、虫の声、そして目の前で踊る炎の音だけだ。


 ユッコは膝を抱え、じっと揺らめく炎を見つめていた。

 その横顔は、いつもの明るい表情とは違い、どこか儚げで、遠い場所を見ているようだった。


「……あったかいね」


 ポツリと、彼女が呟く。


「私ね、小さい頃、パパによくキャンプに連れて行ってもらったの」


 レムが視線を向けると、彼女は寂しそうに、けれど愛おしそうに微笑んだ。


「パパは物知りでね、いろんなことを教えてくれたわ。刃物の研ぎ方とか、火のおこし方。毒草の見分け方や、危険な場所の匂い……。それこそ、このシェルレックの使い方もパパに教わったの」


 ユッコは腰に下げた巻貝型の魔道具を愛おしそうに撫でた。


「エルフの村の大人たちはよく言ってた。『エルフは森と共に生き、静かに暮らすのが掟だ』って。でも、パパは違った。『自分のやりたいことをやりなさい。世界は広いんだから』って、いつも私の背中を押してくれた」


 彼女の碧眼へきがんに、焚き火のオレンジ色が映り込んでいる。

 レムは黙って彼女の話に耳を傾けた。普段はお喋りな彼女が語る、静かな思い出話。それを邪魔したくなかった。


「ある時、パパに聞いたことがあるの。『どうしてパパは、世界中を回って音を集めるお仕事をしているの?』って」


 ユッコは薪を一本、火にくべた。新しい薪が爆ぜ、火の粉が舞い上がる。


「そしたらパパ、こう言ったわ」


 彼女は声色を変え、父の言葉を紡いだ。


『音にはね、剣や魔法とも違った特別な力を秘めているんだ。僕はその無限の可能性で、この世界を幸せにしたいと思っている。いつかユッコが大人になった時は、一緒に冒険の旅に出ようね』


 それは、まるで夢物語のような、けれど確かな信念に満ちた言葉だった。

 世界を幸せにする音。


「……でも、その約束は果たされなかった。パパは次の旅に出たきり、帰ってこなかったから」


 ユッコの声がわずかに震えた。

 だが、彼女はすぐに顔を上げ、力強い瞳でレムを見た。


「私ね、ただお金のためにレアな音源を探してるわけじゃないの。もちろん、生活費は大事だけど」


 彼女は照れくさそうに笑って、続ける。


「この世界にはね、怪我や病気でベッドから動けない人や、遠くへ行けない人がたくさんいるの。そんな人たちに、世界中の音を聞かせてあげたい。海の音、火山の音、森の音……。音を聞くだけで、その場に行った気持ちになれるでしょ? それで少しでも元気になってもらえたらいいなって、そう思ってるんだ」


 レムの胸の奥で、何かが熱くなった。

 ライフセーバーとして「人の命を救いたい」と願っていた自分。

 癒音ゆおんハンターとして「人の心を救いたい」と願うユッコ。

 形は違えど、二人の根底にある思いは通じ合っていたのだ。


「だからね、レム。ほら、聞いて」


 ユッコは耳に手を当て、焚き火の音に意識を向けた。


「こんな何気ない焚き火の音だって、外に出られない人から見たら、きっと素敵な『癒やしの音』になると思うの」


 彼女はレムの方へ手を伸ばした。


「レム、そこの背嚢からシェルレックを一つ取ってくれる?」


 レムは巨大な背嚢から、未使用のシェルレックを取り出して手渡した。

 ユッコはそれを受け取ると、真剣な表情で焚き火に向き直る。

 スイッチに指をかけ、彼女はいつもの決め台詞を口にした。


っぴ」


          ◇


♪~名もなきキャンプ地の焚き火


 世界からノイズが消え、俺の意識は炎の前の一点へと収束する。

 指揮台に立ったときのような、研ぎ澄まされた感覚。

 岩の体を通して、大地の脈動が伝わってくる。


 日が沈み、満天の星空の下、川沿いに灯した炎はユッコと俺を揺らぎながら照らしている。

 腰掛けた切り株から伝わる、湿った土の匂いと、大地の息吹。

 俺はいま、まさに自然と同化している。


 ――パチッ。


 静寂を破り、乾燥した薪が爆ぜる音が響く。

 焚き火の中で走る炎が、あたりの静けさによって、その輪郭を際立たせているようだ。

 木の繊維に閉じ込められていた水分が熱を帯び、気化して膨張し、限界を迎えて外界へと弾け飛ぶ。

 その小さな爆発音は、命の終わりのようでもあり、熱エネルギーへの転生のようでもある。


 ――ギィ、キィ。


 炎の揺らぎに合わせるように、木と木の間に吊るしたハンモックを揺らすユッコ。

 その小さな体重を支える細木が、心地よいリズムできしんでいる。

 炎の爆ぜる音と、ハンモックの軋み。

 不規則で、それでいてどこか調和の取れた、即興の二重奏デュエット


 なんとも、癒やされる音だ。


 ユッコを見る。

 出会ったときは、元気と好奇心だけの塊だと思っていた少女。

 けれど、焚き火の炎はそんな彼女の意外な一面を映し出していた。

 憂いを帯びた瞳。父を想う横顔。

 時折、俺が割った薪をくべながら、彼女は炎の向こうに誰を見ているのだろう。


 ふと、人間だった頃の自分を思い出す。

 音大に通っていた俺は、正直に言えば「時給がいい」という単純な理由だけでライフセーバーのバイトを始めた。

 だが、救命方法や海の知識を身につけ、実際に人の命を預かる重さを知るにつれ、考えが変わっていった。

 誰かを守ること。誰かの不安を取り除くこと。

 将来は、そんなふうに音楽を通じて人助けに関係する職業に就けたらいいなと、漠然と思い始めていたのだ。


 そして今、ゴーレムとなった俺は、こうして少女の旅を支えている。

 もしこの世界から帰ることができたのなら――俺は、本気でそっちの道でやっていきたい。

 この焚き火は、俺自身の隠れていた決意さえも引き出してくれたようだ。


 フワリ、と赤い火の粉が舞い上がる。

 夜空の星を目指して昇り、やがて闇に溶けて消えていく。

 その寿命は儚く、切ない。

 それを目で追いかけるフリをして、俺はそっとユッコを見た。

 その表情は、やはりどこか寂しげで、けれど芯の強さを秘めていた。


 この音を、届けよう。

 どこかの誰かのために。そして、隣にいる彼女のために。

 俺は心の中でタクトを振り、この穏やかな夜の協奏曲を、静かに見守り続けた。


~♪


          ◇


 翌朝。

 チュンチュンと鳴く小鳥の声と共に、キャンプ地に賑やかな声が響き渡った。


「おっはよーレム! 起きて起きて、出発の時間だよー!」


 そこには、昨夜のしんみりした雰囲気など微塵も感じさせない、いつものハイテンションなユッコがいた。

 すでにテントは片付けられ、彼女は朝の体操代わりに屈伸運動をしている。

 レムが重たい体を起こして岩のこすれる音を立てると、ユッコはニカっと笑って彼を見上げた。


「昨日の焚き火の音、バッチリ録れてたよ! これは『安眠導入・星空の焚き火サウンド』として売れる予感! さあ、次の目的地へレッツゴー!」


 彼女は元気に駆け出した。

 レムは心の中で苦笑しつつ、巨大な背嚢を担ぎ上げる。

 

 切り替えが早いのも彼女の長所だ。

 だが、昨夜見せたあの横顔もまた、彼女の真実なのだろう。

 

 騒がしくも愛おしい、この小さなハンターを守り抜く。

 レムは新たな決意を胸に、彼女の背中を追って森の光の中へと歩き出した。

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