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ゴーレムに転生した俺。癒音ハンターの歩荷(ボッカ)となりて、騒がしくも愛おしい異世界を闊歩する。  作者: 団田図


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第13話 妖精の森と、鱗粉のきらめき

 その森に一歩足を踏み入れた瞬間、世界の色が彩度を増したように感じられた。

 木々の緑は目に痛いほど鮮やかで、咲き乱れる花々は毒々しいまでに甘い香りを放っている。

 ここは「ピクシー・ガーデン」。人を化かす幻術と、いたずら好きな妖精たちが支配する迷いの森だ。


「ねえレム、なんかこの道、さっきも通らなかった? 勘違いかなぁ」


 エルフの少女ユッコが、首を傾げながら地図を回す。

 彼女の足取りは、心なしか重い。それもそのはず、先ほどから彼女はこの森の洗礼を受け続けているのだ。


「あっ! もう、またぁ!?」


 ユッコが短い悲鳴を上げて、派手に転んだ。

 地面に手をついて顔を上げると、彼女の両足のブーツの紐が、いつの間にか固結びで繋げられている。


「誰!? 出てきなさいよぉ! 地味な嫌がらせしないで!」


 彼女が虚空に向かって叫ぶと、頭上の枝葉から「キャハハハ!」という鈴を転がしたような笑い声が降ってきた。

 キラキラと光る粉と共に、手のひらサイズの小さな影たちが飛び回る。ピクシーだ。

 半透明の羽を持つ彼女らは、侵入者をからかうことに何よりの喜びを感じているらしい。


 一方、岩の巨人レムはといえば、悠然と歩を進めていた。

 ピクシーたちも最初は彼にちょっかいを出そうとしたのだ。つたを足に絡ませようとしたり、背中を木の枝で突っついたり。

 だが、数百キロはある岩塊の足は蔦ごときでは止まらず、木の枝は硬い皮膚に弾かれて折れるだけだった。

 結果として――。


「……なんかレム、人気者になってない?」


 靴紐をほどき終わったユッコが、呆れた顔で指差した。

 レムの広い肩や頭の上には、数匹のピクシーがちゃっかりと着地し、くつろいでいるのだ。

 彼らにとって、いたずらが通じないレムは「つまらない相手」から「安定感抜群の動く休憩所」へと評価を変えたらしい。

 レムの肩の上で足を組み、花の蜜を舐めているピクシーさえいる。


『グォン……(重くはないが、くすぐったい)』


 レムは困ったように肩をすくめたが、無理に追い払うこともしなかった。

 小さな命が自分のごつごつした体に安心感を覚えているのなら、それはそれで悪い気はしない。


「むぅ、不公平だなぁ。私ばっかり狙われて……ハックションッ!!」


 ユッコが突然、盛大なクシャミをした。

 続けて二回、三回。止まらない。

 どうやら、ピクシーたちが飛び回るたびに撒き散らす鱗粉りんぷんが、彼女の鼻を刺激しているようだ。


「うぅ……鼻がムズムズするぅ……目も痒いし……たす、たすけ……ヘックション!」


 涙目で鼻を赤くするユッコ。

 レムは立ち止まり、彼女の方を向いた。

 彼は右手の巨大な岩の手のひらを広げると、ユッコの顔の近くで、ゆっくりと、しかし力強く扇ぎ始めた。


 ブォン……ブォン……。


 岩のうちわだ。

 レムが腕を振るたびに、心地よい風が生まれる。

 その風は、ユッコの顔の周りに漂っていた金色の鱗粉を綺麗に吹き飛ばし、新鮮な空気を送り込んだ。


「あ……ふぅ……。ありがと、レム」


 ユッコが大きく深呼吸をする。

 新鮮な空気が肺を満たし、ムズムズが引いていく。


「レムのうちわ、助かるぅ~。風量もちょうどいいし、マイナスイオンも出てる気がする!」

『グォッ(それはよかった)』


 レムはサムズアップを返すが、その親指の先にもピクシーが止まっているのを見て、ユッコは吹き出した。


「ふふっ、今のレム、妖精の王様みたいだよ」


          ◇


 やがて日が傾き、森に紫色のとばりが下りる頃。

 いたずら好きのピクシーたちの様子が変わった。

 個々に飛び回っていた彼女らが、森の中央にある開けた広場「月の泉」へと集まり始めたのだ。


「見てレム。何か始まるみたい」


 二人が木陰から様子を伺うと、数百匹、いや数千匹ものピクシーが泉の上空で円を描くように飛び始めた。

 彼女らの羽から放たれる光が、水面に反射して幻想的な光景を作り出す。

 夕闇の中で、そこだけが銀河のように輝いていた。


「綺麗……。これ、『妖精の円舞(フェアリー・ロンド)』だ」


 ユッコが声を潜める。

 彼女の目は、先ほどまでのクシャミの辛さを忘れ、ハンターの鋭い輝きを宿していた。


「彼らが飛ぶ時ね、羽から鱗粉が落ちるでしょ? あれが空中でぶつかり合う音がするらしいの。すごーく小さな音なんだけど、星が降るような音だって聞いたことがある」


 ユッコは鼻をすすりながら(まだ少し痒いらしい)、背嚢はいのうからシェルレックを取り出した。

 周囲の空気はいでいる。風はない。

 聞こえるのは、森の静寂と、これから始まる光の音楽だけ。


「こんないい雰囲気、逃すわけにはいかないっしょ」


 ユッコはシェルレックを両手で構え、輝く妖精の群れに狙いを定めた。


「この音もらった! 私がっぴ!」


          ◇


♪~妖精の鱗粉りんぷんが奏でる、星屑の衝突音スターダスト・クラック


 スイッチを入れた瞬間、俺の聴覚センサーの感度が極限まで引き上げられる。

 風のそよぎも、葉擦れの音もカットし、目の前で舞う光の粒子の「摩擦」だけを拾いに行く。


 視界いっぱいに広がるのは、金と銀の吹雪だ。

 ピクシーたちの羽ばたきに合わせて、目に見えないほど微細な粉が空中に放散される。

 重力に逆らうように、あるいは身を任せるように、不規則な軌道を描いて舞う光の微塵みじん


 ――シャララララ……。


 聞こえてきたのは、音というよりも「気配」に近い、繊細なノイズだった。

 金属音ではない。ガラス音でもない。

 もっと柔らかく、それでいて硬質な輝きを持った響き。

 

 例えるなら、氷点下の朝に空気中の水分が凍ってダイヤモンドダストになり、それが互いに触れ合う音に近いかもしれない。

 あるいは、極薄の水晶の薄片はくへんを、絹の布の上から撒いたような音か。


 チリン……。キラン……。

 

 無数の「シャララ……」という背景音の中から、時折、微かに粒立った音が煌めく。

 鱗粉の粒子同士が、空中で鉢合わせした瞬間の音だ。

 ミクロの世界の正面衝突。

 だが、そこで生まれるのは破壊音ではなく、新しい星が産声を上げたかのような、純粋で透明な音色ねいろだ。


 俺は見つめる。

 岩の体を持つ俺にとって、この光景はあまりに対照的だ。

 俺が動けば「ズシン」と重い音が鳴る。

 彼女らが動けば「キラキラ」と光が歌う。

 

 質量を持たない音。

 触れることのできない光の雨。

 

 耳を澄ませば、その音階が見えてくるようだ。

 高い位置で舞う金色の粉は、ソプラノのハミング。

 水面近くを漂う銀色の粉は、アルトの囁き。

 それらが螺旋を描き、混ざり合い、視覚と聴覚の境界線を溶かしていく。


 光を聞き、音を見る。

 そんな矛盾した感覚が、今の俺には心地よい。


 かつて人間だった頃、イルミネーションを見たことがある。

 電気仕掛けの光は美しかったが、音はしなかった。

 だが、ここの光は生きている。

 一粒一粒が呼吸をし、旋回し、隣の粒子と挨拶を交わしながら落ちていく。


 ――サラサラ、シャララ、チリン。


 この音は、魔法が存在することの証明だ。

 理屈や物理法則を超えた場所にある、はかなくて強い、生命のきらめき。

 

 俺の岩の肩に乗っているピクシーが、ふわりと飛び立った。

 彼女が羽ばたいた瞬間、俺の耳元で「パラン」と小さな鈴が鳴った気がした。

 それは俺への別れの挨拶か、それともただの幻聴か。

 どちらでもいい。

 今、この美しい光の交響曲シンフォニーの一部になれたことだけで、俺の胸のコアは静かに、けれど熱く震えているのだから。


~♪


          ◇


 妖精たちの乱舞が落ち着き、彼女らがそれぞれのねぐらである花の蕾や葉の裏へと帰っていくと、森には再び夜の静寂が戻ってきた。

 だが、その静けさは、来る時のような不気味なものではなく、祭りの後のような余韻を含んだものだった。


「ふぅ……。録れた。メチャント幻想的だったねぇ」


 ユッコはうっとりとした表情でシェルレックを抱きしめた。

 鼻の頭にはまだ少し鱗粉がついているが、その碧眼へきがんは満足感で潤んでいる。


「この音、『妖精の粉雪(ピクシー・ダスト)』って名前にしよっか。不眠症の貴族とかに高く売れそう!」

『グォン(商魂たくましいな)』


 レムが呆れたように肩を揺らすと、その振動で、まだ肩に残っていた最後の鱗粉がパラパラと舞い落ちた。


「あ、待ってレム。動かないで」


 ユッコが近づいてきて、背伸びをした。

 彼女はハンカチを取り出し、レムの岩の顔(目の下のあたり)を優しく拭った。


「ここ、キラキラしてたよ。泣いてるみたいに見えた」


 レムはハッとした。

 泣く機能などない岩の体だ。それはただの鱗粉の付着に過ぎない。

 けれど、あの音を聞いていた時の俺の心は、確かに泣きたくなるほど揺さぶられていたのかもしれない。


「さ、行こっか! 森を抜けるまでが冒険だよ。また靴紐結ばれないように気をつけなきゃ」


 ユッコは明るく笑い、レムの手を引いた。

 その手は温かく、柔らかい。

 幻術の森で見つけた確かな実在感。


 帰り道、妖精たちはもう悪戯を仕掛けてこなかった。

 代わりに、道端の花々がぼんやりと光り、出口への道を照らしてくれているようだった。

 レムは一度だけ振り返り、光の余韻が残る森の奥へと一礼した。


 背嚢の中で、シェルレックが微かに微熱を帯びている気がした。

 光の記憶を閉じ込めて、二人の旅は続いていく。

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