第12話 呪われた武具庫と、リビングアーマーの歩行音
鬱蒼とした森の奥深く、茨に覆われた古城がひっそりと佇んでいた。
かつては勇名な騎士団の本拠地だったというその城も、今は主を失い、静寂と埃に支配された「亡霊の城」となり果てている。
「う~……なんか出そうだよぉ、レムぅ」
エルフの少女ユッコが、レムの岩の腕にしがみつきながら怯えた声を上げた。
薄暗い廊下には蜘蛛の巣が張り巡らされ、歩くたびに床板がギシギシと悲鳴を上げる。
対するレムは、その重厚な体躯で先陣を切り、蜘蛛の巣を払いながら進んでいた。彼にとって幽霊や亡霊の類は、科学的根拠がないためイマイチ実感が湧かない対象だったが、今の自分自身が「動く岩」というオカルトな存在である以上、強く否定もできないのが悩みどころだ。
「地図によると、この地下に『忘れられた兵器廠』があるはずなんだけど……」
ユッコが恐る恐る地図を覗き込む。
二人は地下へと続く螺旋階段を発見し、湿った冷気が漂う暗闇へと足を踏み入れた。
地下空間は、予想以上に広大だった。
壁一面に並べられた武器棚。槍、剣、斧。それらは長い年月を経て錆びつき、朽ち果てている。
そして、部屋の中央には、数十体のフルプレートアーマーが、整然と隊列を組んで並んでいた。
中身は空っぽだ。兜の隙間からは、ただ暗闇だけが覗いている。
「ひっ……! これ、動かないよね? ただの飾りだよね?」
ユッコがレムの背中に隠れた、その時だった。
ガシャン。
カシャン、ジャラッ。
先頭に立っていた豪奢な装飾の鎧が、ゆっくりと首を動かした。
それに呼応するように、周囲の鎧たちも一斉にガチャガチャと音を立てて動き出す。
「ギャアアアアッ! で、出たぁぁぁっ!」
ユッコの悲鳴が地下室に響き渡る。
鎧たちは兜の奥に赤い光を宿し、侵入者を排除すべく剣に手をかけた――かに見えた。
だが、彼らの視線がレムの巨体に注がれた瞬間、その殺気が霧散した。
『……カ? カ、カシャッ?(同胞……か?)』
先頭の鎧が、錆びついた関節を鳴らして問いかけてくるような仕草を見せた。
彼らは「リビングアーマー」。魔法や強い残留思念によって動く、意思を持った鎧たちだ。
どうやら彼らは、岩石で構成されたゴーレムであるレムを、自分たちと同じ「非生物の体に魂を宿した者」――つまり「兄弟」として認識したらしい。
『グォン(俺はレムだ。怪しい者じゃない)』
レムが胸を叩いて挨拶をすると、鎧たちは一斉に剣を収め、歓迎の意を示すようにガシャンガシャンと拍手を始めた。
「えっ? なになに? 仲良くなってる?」
状況が飲み込めないユッコが顔を出すと、鎧たちは彼女に対しても敵意がないことを示すように、恭しくお辞儀をした。
◇
誤解が解ければ、彼らは愉快な連中だった。
言葉は話せないが、身振り手振りで「よく来た」「ここは退屈だ」「お前の体、いい岩だな」といったコミュニケーションを取ってくる。
レムもまた、彼らの中に自分と同じ「孤独」と、それを支える「プライド」を感じ取り、すぐに打ち解けた。
そんな中、部屋の隅で一体だけ、動かない鎧がいることにユッコが気づいた。
それは小柄な騎士用の鎧で、赤錆が全身を覆い、膝をついた姿勢のまま固まってしまっていた。
「ねえ、この子はどうしたの?」
ユッコが尋ねると、周りの鎧たちが悲しげに首を垂れた。
長年の湿気で関節が完全に錆びつき、動けなくなってしまった仲間だという。
中身のない彼らにとって、体の稼働停止は死に近い意味を持つ。
「……かわいそうに。まだ魂はあるのに、体が言うことを聞かないんだね」
ユッコは少し考えると、袖をまくり上げて言った。
「よし! レム、手伝って! この子を綺麗にしてあげよう!」
そこからは、大掃除の時間となった。
ユッコは持っていた油と布で丁寧に錆を落とし、レムはその怪力を活かして、固着した関節を慎重に、しかし力強く動かしてほぐしていく。
ギギギ……ガガ……。
最初は嫌な音を立てていた関節も、油が馴染み、磨かれるにつれて滑らかさを取り戻していく。
くすんでいた表面も、ユッコの懸命な磨き上げによって、往時の銀色の輝きを取り戻し始めた。
「よしっ、これでどうかな?」
数時間後。ピカピカになった小柄な鎧が、ゆっくりと立ち上がった。
カシャン。
澄んだ音がして、彼は自分の腕を見つめ、そしてユッコとレムに向かって、ビシッと美しい敬礼をした。
兜の奥の赤い光が、涙ぐむように揺れている。
「よかったぁ……。動けたね!」
ユッコが笑顔で拍手をする。
それを見ていた他の鎧たちも、歓喜の音を立てて仲間の復活を祝った。
その光景を見ながら、ユッコはしみじみと呟いた。
「不思議だね。中身は空っぽなのに、心はあるんだもん」
彼女は隣に立つレムを見上げ、優しく微笑んだ。
「レムもそうだよね。冷たい岩の体だけど、ここには……温かい心がある」
彼女の手が、レムの胸のコアがあるあたりに触れる。
レムは照れくさそうに岩の頬をかいた。
中身がないからこそ、純粋な想いだけがその器を満たしている。そのことを、彼女は誰よりも理解してくれていた。
◇
復活した仲間を祝い、そして客人を歓待するために、鎧たちが動いた。
彼らは部屋の広場に集まると、二列縦隊に整列した。
リーダー格の鎧が手を挙げる。
どうやら、彼らの誇りである「行進」を見せてくれるらしい。
カッ! カッ!
足踏みが始まる。
肉体を持たない、鋼鉄だけの足音。
その規則正しいリズムと、冷たくも熱い響きに、ユッコの耳が反応した。
「すごい……! こんな音、聞いたことない。重いのに、どこか透き通ってて……」
彼女は慌てて背嚢からシェルレックを取り出した。
「決まりだね! 亡霊騎士たちの名誉あるパレード、記録に残さなきゃ!」
ユッコは整列した鎧たちの正面に立ち、高らかに宣言した。
「この音もらった! 私が録っぴ!」
合図と共に、行進が始まった。
◇
♪~忘れられた地下兵器廠の行進曲
指揮棒を持たぬ俺の心の中で、厳粛なカウントが刻まれる。
薄暗い地下室の冷気が、ピンと張り詰める。
ガシャーン、ガシャーン。
ガシャーン、ガシャーン。
それは、質量と空虚が同居する、奇妙な音色だった。
まず耳に届くのは、鋼鉄の靴が石畳を叩く打撃音だ。
ガツンッ。
重い。物理的な重量感が、床を伝って俺の岩の足裏にまで響いてくる。
だが、人間の兵士の行進とは決定的に違う点がある。
肉の音がないのだ。
筋肉の収縮音、衣擦れの音、荒い呼吸音、心臓の鼓動。
生物特有の「湿り気」や「柔らかさ」が一切排除された、純度100%の無機質な響き。
それが、恐ろしいほどの清潔感と、寂寥感を醸し出している。
チャリ……カシャン。
足音の余韻に、金属プレート同士が擦れ合う高音が重なる。
腕を振るたび、膝を上げるたび、精巧に作られた留め具が微細なリズムを刻む。
錆を落とされ、油を差された彼らの関節は、まるで楽器のように澄んだ音色を奏でている。
中身は空っぽだ。
この鎧の中には、骨もなければ血もない。
叩けば、カーンと虚しい音が響くだろう。
けれど。
彼らの歩調は、驚くほど揃っている。
ザッ、ガシャン!
ザッ、ガシャン!
一糸乱れぬユニゾン。
それは、何十年、何百年とこの暗闇の中で、誰に見られることもなく整列し、主の帰りを待ち続けた者たちだけが到達できる、狂気的なまでの規律。
俺は、その音に自分自身を重ねていた。
俺もまた、人間の肉体を失った空っぽの器だ。
岩の体。声なき喉。
傍から見れば、ただの動く無機物。
だが、この音を聞けばわかる。
「空っぽ」であることは、「無」ではない。
余計なものが削ぎ落とされた分、そこには「意志」だけが純粋結晶となって詰まっているのだ。
彼らの足音からは、言葉にならない誓いが聞こえてくる。
我らは守る。
たとえ守るべき主がいなくとも。
たとえ肉体が朽ち果てようとも。
騎士としての誇りだけは、錆びつかせない。
ガシャァァァン……!
一際大きな足音が、地下空間の壁に反響する。
エコーがかかり、数人の行進が、まるで数千の軍勢のように増幅されていく。
それは亡霊たちの宴ではない。
高潔な魂たちの、存在証明のファンファーレだ。
冷たい鉄が奏でる、熱い鼓動。
俺はその音の波に身を委ねながら、静かに、けれど力強く、心の中で拍手を送り続けていた。
~♪
◇
行進が終わり、最後の残響が消えると、地下室は再び静寂に包まれた。
だが、それは以前のような重苦しい沈黙ではなく、充実感に満ちた穏やかな静けさだった。
「すっごい……かっこよかったよ!」
ユッコが満面の笑みで親指を立てる。
鎧たちは誇らしげに胸を張り、互いの肩(金属板)を叩き合って健闘を称え合った。
カカン、キン、という軽やかな金属音が、彼らの笑い声のように聞こえた。
別れの時。
地下室の入り口まで見送りに来てくれた鎧たちは、一列に並んでレムとユッコに敬礼をした。
特に、綺麗にしてもらった小柄な鎧は、いつまでも手を振り続けていた。
『グォン(達者でな。兄弟たち)』
レムもまた、岩の拳を胸に当て、無言の騎士の礼を返した。
同じ「器」を持つ者同士の絆。
言葉は交わせなくとも、その音と振動だけで、魂の深い部分は通じ合っていた。
地上に戻ると、森の空気が以前よりも少しだけ澄んで感じられた。
古城は相変わらず不気味なシルエットを浮かべているが、今の二人には、それが頼もしい守り神のようにも見えた。
「いい音が録れたね、レム。あの音、きっと寂しがり屋の人を励ましてくれると思うな」
『グォ(ああ、そうだな)』
ユッコは大事そうにシェルレックを撫でる。
中身がないからこそ、響く音がある。
形がないからこそ、伝わる想いがある。
レムは自分の岩の手を見つめ、そこに宿る自分の心を再確認した。
この体でも、誰かを守ることはできる。
あの鎧たちのように、誇り高く。
ザッ、ザッ、ザッ。
レムの重たい足音と、ユッコの軽やかな足音が重なり合い、森の小道へと消えていく。
その不揃いな二重奏は、どんな音楽よりも温かく、二人の旅路を彩っていた。
つかの間の友情を惜しみながら旅立つユッコとレム




