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ゴーレムに転生した俺。癒音ハンターの歩荷(ボッカ)となりて、騒がしくも愛おしい異世界を闊歩する。  作者: 団田図


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第10話 雨乞いガエルの大合唱と、渇きを潤す天上のコラール

 乾いた風が、ヒュオオオ……と荒涼とした大地を吹き抜けていく。

 地面は亀甲きっこう模様にひび割れ、道端の草木は茶色く枯れ果てている。

 ここは「日照りの村」と呼ばれる、深刻な水不足にあえぐ寒村だった。


「み、水ぅ……。ねえレム、お水ちょうだい……。私、もう干しエルフになっちゃうよぉ……」


 ユッコが、フラフラと千鳥足で歩きながら悲鳴のような声を上げた。

 彼女の自慢の金髪も、砂埃すなぼこりを被って白っぽくなっている。

 隣を歩く岩の巨人レムは、腰に下げた水筒を差し出した。

 ユッコはそれに飛びつき、最後の一滴まで飲み干すと、「ぷはぁっ!」とようやく生きた心地を取り戻した。


「生き返ったぁ……。でも、この村、様子がおかしいよね。暑いだけじゃなくて、空気がピリピリしてるっていうか」


 ユッコの言う通りだった。

 村に入ると、村人たちが血走った目で空を睨みつけている異様な光景に出くわした。

 広場の中央には祭壇が組まれ、色とりどりののぼりが立てられているが、肝心の雨は一滴も降る気配がない。


「旅の方か……。悪いことは言わん、早々に立ち去ったほうがいい」


 憔悴しょうすいしきった顔の村長が、力なく二人に声をかけてきた。


「この村はもう終わりだ。守り神である『雨乞いガエル』様たちが、今年はご乱心でな。雨を呼ぶどころか、その騒音で雨雲を散らしてしまっておるのじゃ」


「雨乞いガエル?」


 ユッコが首を傾げる。

 村長に案内されたのは、村外れにある巨大な沼地だった。

 そこには、信じられない光景が広がっていた。


 牛ほどもある巨大なカエルたちが、数百匹もひしめき合っているのだ。

 緑、赤、黄色、まだら模様。大小様々なカエルたちが、思い思いの方向を向き、口を大きく開けて叫んでいる。


「ゲロゲーロ!!」

「グワッ! グワグワッ!」

「ケケーッ! ゲコッ!」


 それはもう、合唱などという生易しいものではなかった。

 ただの騒音。不協和音の嵐だ。

 低音と高音が喧嘩し、リズムはバラバラ。聞いているだけで頭痛がしてくるようなカオスな絶叫が、空間を埋め尽くしている。


「うわっ、うるさっ! これじゃあ雨雲さんも『うるさくてとどまってられない!』って逃げ出しちゃうよ!」


 ユッコが耳を塞いで叫んだ。

 村長は涙目で天を仰ぐ。

 

「伝承では、カエル様たちが『心を一つにして天に歌う』とき、恵みの雨が降ると言われておる。だが、どうすれば心を一つにできるのか……我々にはもう手立てがない」


 カエルたちは互いに張り合うように声を張り上げ、その振動で沼の水面が波打ち、砂煙が舞い上がっている。

 誰も彼もが「俺の声を聞け!」と自己主張するばかりで、調和の欠片もない。


 だが。

 その騒音の中に、レムだけは「可能性」を聞き取っていた。


(……待てよ)


 レムは岩の耳を澄ませた。

 一見デタラメに聞こえる鳴き声だが、個体ごとに声質トーンが違う。

 あの巨大なイボガエルは、腹の底に響くような重低音バス

 中くらいの緑色のカエルは、伸びやかな中音域テノール

 小さくて鮮やかなアマガエルは、突き抜けるような高音ソプラノ


 素材は揃っている。

 足りないのは、それらを統率し、一つの音楽へと昇華させる「指揮者」だけだ。


 レムは一歩前に出た。

 ズシン、と足音が響く。


「お、おい! 何をする気じゃ旅の者! カエル様たちを怒らせてはならんぞ!」


 村長の制止を無視し、レムは沼のほとりにある小高い岩の上に立った。

 そこはまるで、天然の指揮台のようだった。

 レムは近くの枯れた木から、手頃な長さの枝を一本へし折った。

 枯葉を払い、先端を整える。

 即席の指揮棒タクトの完成だ。


『グォッ!(ユッコ、手伝って!)』


 レムはユッコにジェスチャーで指示を出した。

 カエルたちをサイズごとに分けてくれ、と。


「えっ、あ、うん! よくわかんないけど、レムが言うなら!」


 ユッコは持ち前の行動力を発揮し、村人たちも巻き込んでカエルの整列を始めた。

「ほらほら、デカい子たちは右側! チビちゃんたちは左の前ね! 中くらいの子は真ん中!」

 最初は抵抗していたカエルたちも、レムの岩の巨体から発せられる謎の威圧感と、ユッコのテキパキとした指示に押され、しぶしぶと位置につき始めた。


 数十分後。

 沼地は、見事な「扇形」の配置に整えられた。

 右翼に重量級のバス部隊。

 中央に主力となるテノール部隊。

 左翼に煌びやかなソプラノ部隊。


 静寂が訪れる。

 数百匹のカエルの瞳が、岩の上に立つレムに注がれる。

 彼らは待っていたのだ。自分たちの声を導いてくれる存在を。


 レムはゆっくりと右手を上げ、指揮棒を構えた。

 その背中は、かつて音楽大学のホールでオーケストラと対峙した時と同じ、凛とした空気をまとっていた。


「すっごい……。レム、指揮官みたい」


 ユッコが息を呑む。

 彼女は直感した。これからここで、歴史的な名演が始まると。

 ユッコは静かにシェルレックを構えた。


「この音もらった! 私がっぴ!」


          ◇


♪~雨乞いガエルの大合唱グランド・コラール


 指揮棒タクトを振り上げる。

 その一瞬の「溜め(アウフタクト)」に、世界中の呼吸が吸い込まれる。


 俺の脳裏には、懐かしい楽譜が浮かんでいた。

 学生時代、何度も読み込んだベートーヴェンか、あるいはマーラーか。

 いや、これはこの場で作る、一度きりの即興曲だ。


 振り下ろす。

 まずは、リズムの土台ベースからだ。

 俺は右側の巨体グループへ鋭く視線を送り、棒を弾ませる。


 ――グォ、グォ、グォ、グォ……。


 腹に響く重低音。

 百匹の巨大ガエルが喉袋を震わせ、正確な四拍子を刻み始める。

 それは心臓の鼓動ビートだ。

 乾いた大地を叩き、眠っている水の精霊を揺り起こすような、力強い通奏低音バッソ・オスティナート

 いいぞ。その重み、その安定感。それこそが音楽の骨格だ。


 次に、中央へ左手を差し伸べる。

 柔らかく、包み込むように。

 テノールたちよ、歌え。


 ――ケロッケロッ、ゲコゲコ、クワァ……。


 中音域の厚みが加わる。

 単調だったリズムに、色彩豊かな和音コードが乗る。

 彼らの声は、風の音や、木々のざわめきに似ている。

 バラバラだった「騒音」が、互いの隙間を埋め合い、一つの巨大な「響き」となってうねり始める。


 俺は岩の体を大きく使い、空気を攪拌かくはんする。

 もっとだ。もっと大きく、もっと深く。

 クレッシェンド(だんだん強く)。

 俺の動きに合わせて、カエルたちのボルテージが上がっていく。

 沼の水面が微振動し、美しい波紋を描く。


 そして、クライマックス。

 俺は左翼の小さな歌姫たちへ、天を突くように棒を突き上げた。

 突き抜けろ、ソプラノ!


 ――ピィィィィッ! ケケケケッ! キュルルルル!


 雷光のような高音が、重厚なハーモニーの上に舞い降りる。

 それは乾きを訴える悲痛な叫びではなく、やがて来る恵みを予感させる歓喜の歌だ。


 バスが大地を揺らし、テノールが風を呼び、ソプラノが天を裂く。

 三つの層が完全に噛み合い、沼地全体が巨大なパイプオルガンと化した。


 指揮棒を通して、数百の命と俺の魂が直結する。

 言葉はいらない。種族も関係ない。

 今、俺たちは「音楽」という一つの言語で会話している。


 空気が変わった。

 湿度が急激に上昇する。

 音圧が物理的なエネルギーとなり、上空の大気を振動させているのが分かる。

 

 フォルテシモ(最強奏)。

 すべてのカエルが、喉が裂けんばかりに歌う。

 俺も全身全霊で応える。

 岩の腕がきしむのも構わず、俺は激しく、情熱的にタクトを振った。


 届け。

 この渇いた大地に。

 この祈りの歌を、空の果てまで!


 ――ジャンッ!!


 俺が両手を力強く広げ、曲を閉じる(カットアウト)。

 カエルたちが一斉に鳴き止む。

 完全なる静寂。

 

 その直後だった。


 ポツン。

 ……ポツ、ポツ、ザァァァァァァァッ!!


 世界を叩く、万雷の拍手のような雨音が響き渡った。


~♪


          ◇


「降った……! 本当に降ったよぉぉぉ!」


 ユッコが雨空を見上げ、歓喜の声を上げて踊り出した。

 大粒の雨が、ひび割れた大地を瞬く間に黒く染めていく。

 枯れ木が水を吸い、草花が息を吹き返す匂いが立ち込める。


「おおお……! 奇跡じゃ! 雨乞いガエル様たちが、あんなに美しい声で鳴くとは!」


 村長や村人たちも、泥だらけになるのもいとわず、雨の中で抱き合って喜んでいる。

 カエルたちも満足そうだった。

「ゲロ」「ケロ」と、互いの健闘を称え合うように短く鳴き交わし、沼へと戻っていく。彼らにとっても、指揮者に合わせて歌う一体感は、今までにない快感だったに違いない。


 レムは岩の上から降りると、雨に打たれながら静かに一礼した。

 観客(村人)と、演奏者カエルへの敬意を込めて。

 その体から、積もっていた砂埃が雨で洗い流され、本来の重厚な輝きを取り戻していく。


「すごいよレム! 最高のコンサートだった! 私、感動して鳥肌立っちゃった!」


 ユッコがずぶ濡れのまま飛びついてきた。

 彼女の笑顔は、どんな雨よりも瑞々《みずみず》しく輝いている。


「これ、録音バッチリだよ! 『雨を呼ぶ奇跡の交響曲』として売れば、干ばつの村で飛ぶように売れるはず! 大金持ち間違いなし!」


 相変わらずの商魂のたくましさに、レムは肩をすくめた(ような動きをした)。

 だが、悪い気分ではない。

 音楽が世界を変える。

 音楽大学で学んだ理想論が、こんな異世界の沼地で、カエルたちによって証明されたのだから。


「ゴーレム様! エルフのお嬢ちゃん! ありがとう、本当にありがとう!」


 村長が駆け寄り、二人の手を握りしめた。


「これは少ないが、村からの感謝の気持ちじゃ。受け取ってくだされ!」


 渡されたのは、なけなしの金貨と、村特産の干し野菜だった。

 ユッコは「えへへ、報酬はもう受け取り済みです!」と録音したてのシェルレックを見せる。


 雨はまだ降り続いている。

 村全体を潤す、慈愛のような雨だ。


「行こうか、レム。雨上がりの虹が見られるかもしれないよ」


 ユッコが水たまりを跳ねて避けながら歩き出す。

 レムは親指を立て、相棒の後に続いた。

 岩の体は濡れて重くなったが、心は羽が生えたように軽かった。

 

 二人の旅路の先には、雨に洗われた新しい世界が広がっている。

 まだ見ぬ音を求めて、癒音ハンターと寡黙な指揮者の旅は続く。

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