合い言葉は、雨
雨が降っている。
バス停で待っていると、隣に人影、彼だ。
「よく降りますね」
低く耳心地のいい声。
「本当にそうですね」
指がほんの少し触れた。彼の指は湿っている。
「タオル使います?」
ハンカチを差し出すと、彼は困ったように笑った。
「僕は、雨なので」
「また、会えませんか?」
「ええ。会いましょう」
彼がちょっと気になっている。
雨が止んだ。
彼の姿は消えていた。
それも、含めて。
バスが来た。
「こんにちは」
今日も私は雨女だ。
彼と手を繋いで歩く。
しっとりとした雨が、私を濡らしていく。
「また、会えませんか?」
「会いたいですよ。いつでも」
「そうですか」
彼は、穏やかに笑った。
私の世界は、雨が多くなった。
いつからかわからない。
「また会えましたね」
彼が嬉しそうに笑うから。
「そうですね」
私も、笑った。
今日は友達が一人いなかった。
首を傾げる。
「ねえねえ。美佳ちゃんは?」
「誰? その子」
美佳ちゃんは消えた。
商店街の人がまばらだ。
「……こんなに人、いなかったっけ?」
「今日は混んでるねぇ。並んじゃったよ」
おばさんに話しかけられた。
「……雨だ」
雨が降るたびに、何かが消えていく。
今日はバスが来なかった。
「送りますよ?」
彼が傘を差し掛けるから。
「まあいいか」
私は、彼についていった。
どうして私の家を知っているのだろう。
家に帰ると、家族がいなかった。
彼は、自然に家の中に入ってきた。
そうするのが、自然だった。
世界が二人きりになる。
「雨は十分ですか?」
「雨は十分です」
私は答えた。
「私のことが、好きでしょう?」
「ええ」
「雨は十分」
彼が繰り返す。
私の世界から雨が消えた。
雨は彼。
家には扉がなかった。




