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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第95話 風の約束、ふたたび川原へ

旅の終わりが見え始めたある日、カイは風に導かれるように、かつて列車が降りてきた夜の川原へ向かう。そこに“声”が待っていた。

 午後の光が傾きはじめ、街の影が少しずつ伸びていく頃だった。

 カイは、胸の奥にくすぶる感覚に気づいていた。旅が終わるという予感。

 それは寂しさではなく、“もう一度確かめるべき場所がある”という静かな促しだった。


 風が吹き、髪を揺らす。

 その風の中に、懐かしい声が混ざっていた。


 ――カイ。来いよ。


 ユウの声だ。

 けれど、かつてのように切なく、遠い影ではない。

 今のカイが聞き取れる、澄んだ呼び声だった。


 「……行かないと」


 カイは立ち上がった。

 向かう先は、街の外れに続く古い橋の道。

 その先には、あの“夜の川原”がある。



 川原へ向かう途中、ハルが走って追いかけてきた。

 「カイさん、どこ行くんですか?」

 「ちょっと……前に来た場所へ」

 「僕も行っていいですか?」


 ハルの瞳は不思議な光を宿していた。

 まるで、ユウの記憶と並走するように。


 「一緒に行こう」


 二人は並んで歩き出した。

 風が道に沿って吹き、白い花びらを運んでいく。


 「ねえカイさん」

 「うん?」

 「僕、この街に来てから……時々、夢を見ます」

 「どんな夢?」


 ハルは少し照れたように笑った。

 「冬の川でね、誰かと話してる夢。

  相手の顔はよく見えないんだけど……すごく優しい声で」


 カイは微笑むしかなかった。

 「それはきっと、君が受け継いだものだよ」

 「受け継いだ……?」

 「うん。誰かが君に託した大事なもの」


 ハルはしばらく黙った。

 そして、まっすぐカイの顔を見て言った。

 「それ、カイさんの友達ですよね?」


 カイは、はっきりと頷いた。

 「そうだ。ユウ。僕の親友で……」

 「生きてるって感じがするから、って言う人?」

 「どうして知ってる?」


 ハルは胸に手を当てて言った。

 「なんか……風が教えてくれました」


 その言葉が妙に自然で、カイは笑った。

 ユウなら、風の中からでも話しかけてくるだろう。



 やがて二人は川原へたどり着いた。

 そこはもう、夜の色をしていなかった。

 薄いオレンジの夕暮れが広がり、草原に影が揺れている。

 水面は静かで、風が吹くたびに銀色の波紋が広がった。


 「ここだ……」

 カイの胸に、懐かしい痛みが戻ってくる。

 それはもう、温かな記憶の痛みだった。


 その時――川下から白い光が流れてきた。

 百合の花だ。

 三輪、四輪、そして五輪。

 風に乗り、まるで列車の灯りのように並んで流れていく。


 「きれい……」

 ハルが息を呑む。


 カイは歩き出し、川辺に膝をついた。

 「ユウ……来たよ」


 風が強く吹き、水面が揺れる。

 波紋の中に、ユウの影が一瞬浮かんだ。


 ――ありがとう。


 今度は、はっきり聞こえた。

 ハルも驚いたように周囲を見渡す。

 「い、今の……」

 「うん。ユウだ」


 ハルの瞳が揺れた。

 「僕にも……聞こえました」


 風が川原を通り抜け、ユウの声がまた届く。


 ――カイ、もう大丈夫だな。

 ――お前は“生きている時刻”を見つけた。


 カイは微笑み、川面に向かってゆっくり言った。

 「うん。僕はもう、逃げない。

  僕は……生きてる。ちゃんと」


 ハルがそっとカイの手を握った。

 小さく温かい手。

 その手は、過去と未来をつなぐように震えている。


 ユウの声が、今度は風そのものになって囁いた。

 ――二人で行けよ。

 ――僕らの“続き”を。


 百合の花が川面で一斉に光り、ゆっくり流れていく。

 二人はその光を見つめながら、まるで新しい旅の入り口に立ったような気がした。


 夕暮れの空に、列車の汽笛のような風の音が響く。

 カイは深く息を吸い、静かに言った。


 「ユウ、僕たち……行くよ」


 その声は風に乗り、遠い空へ溶けていった。



 川原を離れた二人は、街への帰り道を歩いた。

 ハルが言った。

 「カイさん、これからどこに行くんですか?」

 「決めてない。でも……誰かの悲しみが夜を作るなら、

  僕らは“朝へ行く列車”を探すよ」


 ハルは嬉しそうに笑った。

 「じゃあ僕も一緒に行きます!」

 「もちろん。二人の旅だ」


 その言葉に、ハルの影が夕日に揺れた。

 まるでユウの笑顔が重なるように。


 川原の方から、最後の風が吹いた。

 その風は確かに言った。


 ――行ってこい。

夜の川原へ戻ったカイは、ユウの声を最後に受け取り、

“過去”と“いま”をひとつに結んだ。

二人の旅は静かに、しかし確かに新章へと進み始める。

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