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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第9話 風灯台前で揺れる祈り

白紙通りを歩き終えたぼくは、未来に色が差す感覚を初めて知った。列車は静かに次の駅へ向かう。“風灯台前”──祈りの深さを照らす場所だという。

 白紙通りの薄い色彩が遠ざかっていく。

 列車に戻ると、木の床の感触が妙に懐かしく感じられた。自分の足跡が消えていったあの白い道とは違い、この床は確かな重みを持ってぼくの身体を支えてくれる。


「お帰りなさいませ、流星様」


 車掌はいつもと同じ落ち着いた声で迎えた。

 けれど、その瞳にはほんのわずか、温度のようなものが宿っているように見えた。


「……ただいま」


 自然に出た挨拶は、前よりもずっと強い響きを持っていた。

 ぼく自身の声の深さが変わったようにも思える。


「白紙通りはいかがでしたか?」


「……未来が、少しだけ近づいた気がしました」


「それは良い旅でございました」


 車掌は淡い微笑みを浮かべ、ランタンの火を揺らしながら進行方向へ視線を向ける。


「次の駅へまいります。“風灯台前”でございます」


「風灯台……?」


「ええ。祈りの灯りを照らす灯台がございます。そこでは、祈りの輪郭がはっきりと姿を見せます」


「祈りの……輪郭」


「はい。霧町で現れた影──未練が丘で向き合った幼いあなた──忘れられた橋での記憶──そして白紙通りでの未来。それらすべてを貫く軸……」


 車掌は少し沈黙し、ぼくの胸元の切符を見た。


「流星様の祈りは“あるひとつの願い”に集約されつつあります」


「ひとつの願い……」


 ぼくは思わず切符に触れた。

 そこに書かれている“ハルにもう一度会いたい”の文字が、強く心に響いてくる。


「まもなく……風灯台前に到着いたします」


 列車はゆっくりと速度を落とし、窓の外の景色が変化していく。

 暗い空が薄く裂け、白金色の風が渦を巻いて光を投げかける。


 灯台が見えた。

 高い塔の上に丸い灯火。

 それは炎ではなく、風そのものが光を帯びて揺れているように見える。


 列車が停車し、扉が開いた。


「どうか──お気をつけて」


 車掌の声は、少しだけ重かった。

 それが理由のわからない不安を胸に灯した。


 ぼくは灯台へ向かって歩き出した。


 風灯台前の地面は、白砂のように柔らかかった。踏むたびにさらりとした音がし、足跡が薄く刻まれる。


 灯台の周囲には、無数の風車が並んでいた。

 けれど、風が吹いているわけではない。

 ひとつひとつの風車が、勝手に回っているように見えた。


「……変な感じだ」


 風は吹いていない。

 それなのに、風車はゆっくり、確実に回っている。

 近づくと、小さな音が耳に触れた。


 ──りゅうせい


「っ……!」


 風車が、誰かの声を紡いでいる。

 ぼくは震える指先で風車に触れた。

 回転が少し速くなり、かすかな声が聞こえる。


 ──ありがとう

 ──ごめん

 ──どうして

 ──まって


 それは、祈りの欠片だった。


「これ……全部……?」


「祈りです」


 突然横から声がした。

 車掌が霧のように静かに現れた。

 列車から降りてきたのだろうか、あるいは灯台に“最初からいた”のかもしれない。


「風灯台前は、祈りが風に姿を変える場所です」


「これ……全部、誰かの?」


「はい。この鉄道を訪れたすべての人の祈りの欠片が灯台に集います。

 風は、祈りを運ぶのです」


 車掌は風車をひとつ手に取り、指先で軽く回した。


「流星様の祈りも……ここにございます」


 そう言って、車掌はぼくの胸元を見た。


 ぼくの切符が、淡い光を放ち始めていた。


「あなたの祈りは、深く、強く……そして、まだ結ばれておりません」


「結ばれてない……」


「はい。祈りは、願いが“何に向けられているか”によって、初めて形を得るのです」


 車掌はゆっくり灯台を見上げた。


「その答えが、風灯台の頂上にございます」


 ぼくは息を呑んだ。


「……登ればいいんですね」


「ええ。しかし……」


 車掌は目を伏せた。


「頂上に行く前に、ひとつだけ覚悟していただきたいのです」


「覚悟?」


「祈りとは……ときに、願いそのものを壊すことがございます」


「願いを……壊す?」


「ええ。“ハルにもう一度会いたい”という願いは、流星様のすべての旅の中心にあります。しかし……」


 車掌は言葉を慎重に選んだ。


「祈りが形を得るとき、それは“願いの変質”を伴うことがあるのです」


 胸がざわめく。


「どういう意味なんですか」


「頂上で……ご覧になればわかります」


 車掌は静かに礼をし、灯台の入口へ手で示した。


「どうか、灯火の根元まで向かわれますように」


 ぼくは頷き、灯台の階段へ足をかけた。


 階段は古い石造りで、踏むたびに薄い風音が響く。

 やがて、塔の中に入った。


 階段は、螺旋のように上へ続いている。

 壁は白い風に削られたような模様で覆われていた。


「……変な感じだ」


 石壁に触れると、熱ではなく、風そのものの温度が伝わってくる。

 冷たくも温かくもない。

 ただ、胸の奥が震えるような感触。


 ぼくは階段を登り続けた。


 上に行くほど、風の音が変わる。

 さっきの風車の声が、よりはっきりと響きはじめた。


 ──りゅうせい

 ──きいて

 ──さいごに

 ──つたえたい


 胸が締めつけられた。


「……ハル?」


 その名前をつぶやいた瞬間、目の前の風が強く揺れた。


 灯台の頂上──

 そこにある灯火が、ぼくの祈りに強く反応した。


 風の灯りが巻き上がり、ひとつの“姿”を形作り始めた。


 その輪郭は、ぼくがずっと会いたかった人の形に近づいていた。

風灯台前は“祈りそのもの”と向き合う場所でした。次回はいよいよ、風の灯りが示す“姿”の正体が明らかになります。流星の旅は核心へ。続きをどうぞ。

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