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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第89話 星明かりの手紙、遠い空へ

静かな夜、カイは久しぶりに星空を見上げる。

その光の下で彼は“もうひとつの手紙”を書く。

それは未来へ宛てた言葉だった。

 夜の街は、昼とは別の顔を見せていた。

 灯りが柔らかくともり、川面には星が映っている。

 始まりの街には“夜がない”と誰かは言ったが、それは間違いだった。

 正確には――この街の夜は、闇ではなく光をまとっている。


 カイは広場から少し離れた丘に立っていた。

 風が静かに吹き、草の先端が揺れている。

 昼間に見た子どもたちの笑い声はもう聞こえず、かわりに虫の声が遠くで鳴いていた。


 「こんな夜も、悪くないな……」


 カイは手に持った小さな封筒を見つめた。

 昼、ハルと歩いた帰り道、ふと胸の奥にひとつの想いが芽生えた。

 “未来の自分に手紙を書こう”。

 ユウへ向けた手紙は確かに届いた。

 だが、自分自身へ書く言葉はまだどこにも託していなかった。


 草の上に座り込むと、懐中灯の柔らかな光が周囲を照らした。

 カイは膝の上に便箋を広げ、静かに書き始めた。


 《未来の僕へ》


 今、僕は始まりの街で静かな夜を迎えている。

 風はあたたかくて、星は高い。

 昼間はいろいろな人に会い、いろいろな言葉を受け取った。

 その全部が、僕を少しずつ前に押してくれる。


 僕はまだ迷うことがある。

 ユウのことを思い出すと胸が痛むし、あの日の川辺が夢に出ることもある。

 でも、それでも歩いていくと決めた。

 誰かを救うためじゃなく、誰かの代わりでもなく――

 “僕自身として、ちゃんと生きるために”。


 未来の僕はどうしているだろう。

 誰かを失った痛みを抱えたまま、それでも笑えているだろうか。

 それとも、新しい誰かと出会い、歩き続けているだろうか。


 いつかもし、進む道に迷いが生まれたら、

 どうか思い出してほしい。

 僕はこの街で“時刻”を手に入れた。

 夜を越え、朝を見つけた。

だから君もきっと、大丈夫だ。


 未来の僕へ。

 どうか――

 どうか、生きていてほしい。


 《カイより》


 書き終えたとき、頬をそっと風が撫でた。

 まるで「よく書けたな」と誰かが褒めてくれたようだった。


 カイはゆっくりと立ち上がった。

 丘の上から見下ろす街は、まるで光の海。

 その中心に、時計塔が柔らかな灯りを放っている。

 針の動きはゆっくりだが、確かに“今”を刻んでいた。


 「未来の僕へ……か」

 カイは手紙を胸に当てると、そっと空へかざした。


 すると――

 星々の間から、細い光の糸が降りてきて、封筒を包んだ。

 光は風に乗り、ゆっくりと空へ昇っていく。

 まるで“時刻なき鉄道”のレールそのもののように。


 「行ってこい。いつか、未来の僕に届くように」


 封筒は星が溶けるように光に吸い込まれ、やがて見えなくなった。


 カイは静かに目を閉じた。

 ユウの声が、微かに風に混ざって聞こえた気がする。

 “行けよ”

 あの優しい声が、胸の奥をあたためる。


 カイは両手をポケットに入れ、丘をゆっくりと降り始めた。

 もう夜は怖くなかった。

 光をまとった夜は、彼の背中をそっと押してくれる。


 街へ戻る途中、ふと空を見上げる。

 星が一つ流れた。

 その尾は、白いレールのようにまっすぐだった。


 カイは微笑んだ。

 「未来の僕。

  いつかまた、会いに来るよ」


 そして、静かな夜道を歩き続けた。

 未来へ向かうレールの音は、彼の胸の中で小さく刻まれていた。

未来の自分へ宛てた手紙は、

カイにとって“これから歩く道”を照らす灯となった。

夜はもう闇ではなく、光へ続く静かな時間へと変わっていく。

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