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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第88話 帰り道の灯、二つの影

夕暮れの街を歩くカイとハル。

穏やかな時間の中、風が運んできた“ある知らせ”が、

二人の行く先を静かに変えていく。

 夕陽が街を金色に染めていた。

 建物の影が長く伸び、川面には赤い光が揺れている。

 カイは橋の欄干にもたれ、沈んでいく太陽を眺めていた。

 ハルはその隣で、両足をぶらぶらと揺らしている。


 「今日もきれいだね」

 「うん。始まりの街の夕暮れは特別だよ」


 ハルの言葉にカイは頷く。

 朝の騒がしさも、昼の柔らかさも、この街にはどれも優しい。

 だが、この夕暮れだけは少し違う。どこか切なく、そして温かい。

 まるで“誰かが帰ってくる準備をしている”ような色をしていた。


 風が吹く。

 ふたりの影がゆっくりと揺れ、少しだけ重なった。


 「カイ……」

 ハルがぽつりと声を落とした。

 「最近ね、夢を見るんだ。知らない場所で、誰かと話してる夢」


 「誰か、って?」

 「うーん……ぼんやりしてるんだけど、あったかい声だった」


 カイはその言葉に胸が震えた。

 ユウの声。

 あの軽やかで、明るくて、それでいて深い声。


 この街に来てから、何度も風の中に感じた声。

 ハルが見た夢も、きっと――。


 「怖い夢じゃないんだよ」

 ハルが笑う。

 「その人がね、僕に言うんだ。“もう大丈夫だよ”って」


 「……そうか」


 カイは空を見上げた。

 太陽は沈みかけ、雲の縁が赤く燃えている。

 その色が、ユウが好きだった“冬の川の夕暮れ”と同じだった。


 「カイ」

 ふいにハルが真剣な声で呼んだ。

「僕ね、分かったんだ。

  きっとカイが書いた手紙……僕に届いたんじゃなくて……」


 「うん」


 「“僕を通して”届いたんだと思う。

  本当に会いたかった人のところへ」


 カイは息を呑んだ。


 ハルの瞳が夕暮れの光を反射し、深い透明な青になっていた。

 その中に、確かに“誰か”の気配があった。

 ユウの面影。

 けれど、ハルはあくまでハルだ。


 風が二人の間を抜けた。


 「カイ」

 「なんだい?」

 「僕ね、これから歩きたい場所があるんだ。

  一緒に来てくれる?」


 「もちろんだよ」

 カイは微笑んだ。


 ハルは橋を降り、街の外れへと歩き出した。

 夕暮れの小道には、黄色い街灯がぽつりぽつりと灯りはじめている。

 風の道――かつてカイが渡った、あの丘へ続いていた。


 「ここを登るの?」

 「うん」


 ハルは軽く頷くと、迷いなく丘を上り始めた。

 草の匂い、遠くで鳴る鐘、初めて見るはずなのに、

 どこか懐かしく感じる風景。


 やがて丘の頂上に着いた。

 あの日カイが見た光の道は消えていたが、夕暮れの光が同じように丘を照らしている。


 ハルが立ち止まり、遠くの空を見つめた。

 「カイ。この丘でね……誰かが僕に言うんだ」


 「誰か……?」


 ハルはそっと目を閉じる。

 風が吹き抜け、夕暮れが静かに揺れる。

 やがて、少年の唇が小さく動いた。


 「――“ありがとう”って」


 カイの胸が熱くなった。


 言葉にしなくても分かる。

 それはユウの声だ。

 ずっと探していた、あの最後の言葉。


 「ユウ……」

 カイは呟いた。

 「届いたんだな。僕の手紙も、君の願いも……全部」


 ハルは微笑む。

 「うん。たぶん、そうだと思う」


 夕暮れの中、二人の影が長く伸びていく。

 風が運ぶ声は、温かかった。

 カイの中で何かが静かにほどけ、新しいものへと変わっていく。


 「カイ」

 「うん?」

 「僕ね、これからも一緒にいたい。

  ユウの声だけじゃなくて、カイと見る世界を知りたいんだ」


 カイは微笑んだ。

 「僕もだよ、ハル」


 二人はゆっくりと街へ戻り始めた。

 夕暮れの空が群青に変わり、最初の星が瞬き出す。

 街灯が灯り、遠くで聞こえる笑い声が夜の始まりを告げる。


 丘を降りて振り返ると、まるで二人の背を照らすように、

 夕暮れの最後の光が丘の上に落ちていた。


 それは“帰り道を示す灯”だった。

風が運んだ声は、ハルの中で温かく息づいていた。

カイはもう独りではない。

二つの影は、これから同じ道を歩き出す――新しい夜と朝の境界へ。

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