第83話 光の川、再び満ちる場所
カイとハルが旅を続けて数日。
小さな村を越えた先で、かつて夜に見た“あの川”が再び姿を現す。
そこには、失われたはずの光が満ちていた――。
風の道を抜けてから数日、カイとハルは並んで歩き続けていた。
始まりの街を離れた二人は、穏やかな丘陵地帯を越え、小さな村をいくつも通り過ぎた。村人は皆、二人を温かく迎え入れ、パンや果物を分けてくれた。ハルはそのたびに目を輝かせ、カイはその姿にユウの面影を感じる瞬間があった。
ある夕暮れ、二人は大きな木の下で休んでいた。空は淡く赤く染まり、風が草を揺らす音だけが聞こえる。ハルが空を見上げて言った。
「ねえカイ。僕たち、どこまで行くのかな?」
「さあ。でも、風が教えてくれるよ。行くべき場所があるなら、きっとまた風が道を示す。」
「風って……不思議だね。カイの手紙も運んでくれたし。」
「そうだな。風は“想い”を運ぶ。鉄道も風も、同じように道をつなぐんだ。」
そう言いながらカイは、胸ポケットの中にある懐中時計をそっと握った。
時刻なき鉄道の紋章が刻まれたその銀の時計は、今も静かに“現在”を刻んでいる。
やがて夜が近づき、二人は丘を下り始めた。目の前には広い平原があり、その中央を一本の川が流れているのが見えた。
「……あれは!」
カイが思わず声を上げた。
白く光る川――夜の川原に降りてきた列車を見送った、あの光の川と同じ輝き。
いや、あの時よりも鮮明で、深く、強い光を放っていた。
「すごい……川が、光ってる……!」
ハルは川に向かって駆け出した。カイもその後を追う。
川辺に着くと、光の粒が水面から浮かび上がり、宙に舞っていた。まるで無数の蛍が溶け合ったような幻想的な景色だ。風が吹くと、その光はふわりと漂い、二人の周囲に降り注ぐ。
「これ……祈りの花と同じ光?」
ハルが手を伸ばすと、一つの光の粒が指先に触れた。柔らかな暖かさが広がり、光は彼の手のひらでそっと揺れた。
カイは静かに頷いた。
「そうだ。あの時、列車の周りに漂ってた光と同じだ。祈り、想い、願い……そういうものが川の流れに集まっているんだ。」
カイは川の近くにしゃがみ込み、水面をそっと覗き込んだ。光の粒が流れていく中、ふと見覚えのある影が揺れた気がした。
――ユウ。
呼吸が止まりそうになる。
水面に映ったのは確かにユウの姿に似ていた。
しかし、次の瞬間、影は光の揺らぎに紛れて消えてしまった。
「カイ?」
不安そうな声でハルが呼んだ。
カイはゆっくりと息を吸い、笑顔を作った。
「大丈夫。……ただ、少し懐かしいものを見ただけだよ。」
「ユウのこと?」
ハルはそう言って、隣に座った。
カイは驚いたが、隠そうとはしなかった。
「ああ。昔の友達だ。とても大切な人だった。」
「だった、じゃないよ。」
ハルは小さく首を振る。
「カイの手紙、僕に届いたでしょ? あれはユウさんが橋みたいになってくれたからだと思う。」
カイは目を見開いた。
ハルの言葉は無邪気だが、その裏には確かな強さがあった。
「ユウさんの想い、ちゃんとカイの中に生きてる。
僕も……きっと、その中に少しだけ混ざってる。」
その一言に、胸が熱くなった。
ユウの欠片は、もう“過去”ではない。
今生きている人の中へ、風が運び、光が繋いでいる。
その時だった。
川上のほうから、軽やかな風の音が聞こえた。
“キィィン……”
まるで遠くの線路が震えるような金属音。
カイは立ち上がり、風に耳をすませた。
音はだんだん近づき、光の川がゆっくりと明滅を始める。
「……列車が来る?」
ハルが目を輝かせた。
だがカイは首を横に振った。
「違う。これは夜の列車じゃない。
“今を生きる人間”のための、別の意味を持った音だ。」
川が一瞬だけ強く輝き、風の流れが変わった。
光の粒が二人の周りで踊り、風が言葉のように耳元で囁く。
――行け。
――君の道は続いている。
カイは目を閉じた。
その声は、ユウの声にも、未来の誰かの声にも聞こえた。
川が静かになると、先ほどまでの光の強さは消え、穏やかな輝きだけが残った。
ハルは横で目を丸くしたまま言った。
「カイ……今の、誰の声?」
「さあ。でも、きっと“誰かの祈り”なんだろうね。」
カイはそっと川に手を伸ばし、水に触れた。
冷たさはなく、光が指先にまとわりついた。
「ハル。僕たちの旅、まだ続くよ。」
「うん!」
二人は立ち上がり、光の川に別れを告げた。
風が吹き、草が揺れ、空には星が瞬き始める。
光の川は、遠く夜の街へと流れ、その向こうでまた誰かの祈りと交わるのだろう。
そしてカイはゆっくり懐中時計を開いた。
針は止まらず、確かに動いている。
“今”という時刻を刻みながら。
光の川は、過去と未来を結ぶ道。
カイはその流れの中に、ユウとハルの想いを確かに感じ取った。
次の一歩は、風と光が導く新たな場所へ――。




