第82話 星砂の港、風がくれた灯
旅を続けるカイとハルは、風に導かれて「星砂の港」へ辿り着く。
そこで二人は、“灯”の正体と、自分たちが受け継いだものの意味に触れる。
朝の光が静かに揺れていた。
カイとハルは「風の谷道」を抜け、丘を下りていく。
眼下には――白い砂と青い海が広がっていた。
光を受けてきらきらと輝く砂は、まるで星を散らしたように見える。
「すごい……!」
ハルが思わず声を上げた。
潮の匂い、寄せては返す波、遠くで鳥が鳴いている。
この街は、どこか懐かしいようでいて、新鮮でもあった。
浜辺に降りると、風が二人の髪をやさしく揺らした。
砂はさらさらと心地よく、足跡をつけるたびに淡い光を放った。
「星みたいだね」
「うん、“星砂”って呼ばれてるらしいよ」
二人が歩く先に、小さな港があった。
木造の桟橋には灯台が立っている。
その灯は昼間なのに消えず、透明な光をゆらゆらと揺らしていた。
灯台の前で、ひとりの女性が静かに佇んでいた。
白い帽子をかぶった、海風の似合う人だ。
「ようこそ、旅人さんたち」
女性は笑った。
声は潮騒のようにやわらかかった。
「ここは星砂の港。“帰る灯”を探す人が集まる場所」
「帰る灯……?」
ハルが首をかしげると、女性は灯台を指した。
「この灯は、ただの灯りじゃないの。
誰かの心の奥で揺れている“帰りたい場所”を照らす灯なの」
カイの胸がどくんと脈打つ。
“帰りたい場所”――その言葉が心に染み込んだ。
「僕たちにも……帰る場所があるのかな」
ハルがつぶやく。
「もちろんよ。
でもね、帰る場所は“心が選ぶ”の。
過去でも未来でもなく、“いま”を灯す場所」
カイは海を見た。
波は絶えず揺れ、光を反射している。
その揺れの中に、ふとユウの姿が浮かんだ気がした。
「……もしかして、ここに来たのはユウが導いてくれたから?」
女性は優しく頷いた。
「ええ。あなたの風は、ずっと“誰か”と一緒に吹いていた。
その誰かは、あなたの進む道を照らしていたのでしょう」
ハルが横で目を細めた。
「ユウって……カイさんの友達?」
「ああ。僕の……大切な、もう一人の旅人だよ」
そのとき、灯台の光がふっと強くなった。
波が少し高く揺れ、桟橋の先に“光の道”が浮かび上がる。
海の上を走る、細いレールのような光の筋――まるで夜の列車の再来のように。
「これは……?」
「“心が選んだ帰路”よ」
女性は静かに言った。
「あなたたち二人が歩むべき次の道」
光の道は、海の向こうの小さな島へ続いていた。
島の中央には、一本の古い樹が立っている。
白い枝が空へと伸び、風に揺れるたび、花びらのような光を散らした。
「あの樹……どこかで見たような……」
ハルの声に、カイははっとした。
「白い樹……そうだ、追憶の原にあった“白い樹”にそっくりだ」
まるで心の奥に刻まれた記憶が形を変え、目の前に現れたようだった。
「行ってごらんなさい」
女性が背中を押すように言った。
「あなたたちの“今”がどこへ向かうのか……その答えが、あの樹に宿っている」
カイとハルは顔を見合わせ、頷き合った。
「行こう、ハル」
「うん、カイさん!」
二人は光の道へ踏み出した。
足元がきらりと輝く。
まるで、海の上を歩いているようだった。
波の音が近くなったり、遠ざかったりする。
風が吹くたび、島の樹が呼吸をしているように揺れた。
「カイさん」
「どうした?」
「ユウって、まだ僕たちのそばにいるんだと思う?」
カイは迷わず答えた。
「いるよ。
風の中に、光の中に……
そして、ハルの歩く足音の中にも」
ハルは照れたように笑った。
「そっか……なんか嬉しい」
光の道が終わり、島の砂へ足を下ろす。
潮に濡れた砂はひんやりと気持ちよかった。
白い樹はすぐそこにあった。
枝のひとつひとつが羽のように柔らかく光を放ち、周りの空気を震わせている。
カイは手を伸ばした。
樹の幹に触れると、あたたかい脈動が伝わってきた。
その瞬間――
風が、二人を包み込んだ。
光が樹から溢れ、カイの胸に宿った“懐中時計”がかすかに震えた。
ポン、と音を立てて蓋が開く。
中の針が、ぐるりと大きく一周した。
時刻なき鉄道の象徴だった針が、いま確かな“時”を刻む。
ユウの声が風に混ざった。
――「よかったな、カイ」
涙は出なかった。
ただ、胸がいっぱいに温かかった。
「カイさん……これって……?」
「うん。
“今の僕の時間”が、はっきり動き出したんだ」
白い樹の根元には、二つの影が揺れていた。
カイとハルの影。
それは、どこか昔のカイとユウの影にも見えた。
海風が吹いた。
樹の花びらが舞い、空へ昇っていく。
風は二人に語りかけるように言った。
「進め。
この道の先に、お前たちの“未来”がある」
カイは深く息を吸い、ハルと並んで海を振り返った。
星砂が白く光っていた。
「行こう、ハル。
この先の“時”を、生きて確かめるために」
「うん!」
二人は白い樹に背を向け、次の道へ歩き出した。
その足元に光が伸び、未来を照らし続けていた。
星砂の港と白い樹が示したのは、
“帰る灯”と“進む灯”が同じ場所にあるという真実。
カイとハルの旅は、ここから新しい章へ向けて歩きだす。




