第80話 星降る渡り道、二つの影
夜を越え、朝を抱き、長い旅を続けたカイ。
第80話では、風の道のさらに先――“星の渡り道”で、カイとハルの絆が試される。
始まりの街を出てから、すでに三日が経っていた。
カイとハルは、街道を南へ、風の吹く丘を越え、さらに誰も住まない草原を進んできた。
昼は太陽が照り、夜は星が落ちそうなほど近い。
ハルはしばしばその星空を見上げ、静かに息を呑んだ。
「……カイさん、あれ、見えますか?」
「どれだい?」
「ほら、あの星。尾を引いてるように見える」
カイが空を見ると、一本の光の筋が夜空を横切っていた。
それは流れ星に似ているが、どこか違う。
まるで、“道”のように見える。
「星の……レール?」
「うん。僕もそう思ったんです」
ハルの声には、わずかに震えがあった。
恐怖ではない。期待と、何か確かな既視感のような震え。
カイは息を吸い込み、その光の道をじっと眺めた。
“時刻なき鉄道”のレールのようでもあり、
かつてユウと見た冬の川の光の帯にも似ている。
そのとき、気配が風を切った。
足元の草が震え、地面の影が揺れる。
――コツ、コツ。
星の道の根元から、誰かが歩いてきた。
黒い外套、淡い光を帯びた杖。
その姿に、カイはすぐに覚えがあった。
「……影の案内人!」
昔、列車の中でカイに“過去との和解”を告げた影の者。
彼は静かに微笑んだ。
「久しいな、旅人よ」
「どうしてここに?」
「“二人の旅”が新しい段階に入るからだ」
その言葉に、ハルが少し身を強張らせた。
影の案内人はハルに向き直り、穏やかに言った。
「少年。お前の中の“欠片”が呼んでいる」
「……欠片?」
「そうだ。お前はかつて、この世界を越えようとした者の記憶を宿している」
カイは息を詰めた。
それは――ユウのことなのか。
「影さん……ハルは、ユウの生まれ変わりなのか?」
影の案内人は首を横に振った。
「違う。魂は別物だ。
だが“祈り”は形を変え、時を越えて伝わる。
お前の手紙は風に乗り、この少年の心に届いた」
ハルは目を伏せた。
その肩が小さく震えている。
カイは少年の背に手を置き、静かに囁いた。
「大丈夫だ。君は君だよ、ハル」
ハルは顔を上げた。
その瞳には、不安よりも強い意志が宿っていた。
影の案内人は星のレールの先を指差した。
「“星の渡り道”は、心の奥にある未踏の世界へ通ずる道だ。
二人で進むことはできるが、途中で必ず選択が訪れる」
「選択……?」
「どちらが先に“光の門”を通るか」
カイとハルは顔を見合わせた。
「光の門を通った者は、“未来を見る者”となる。
通らなかった者は、“今を守る者”となる。
二つは同時には選べない」
複雑な静寂が、夜の草原を包んだ。
やがてハルが小さな声で言った。
「……カイさん。僕は、どっちを選べばいいのかな」
カイは星空を見上げた。
光のレールはゆっくりと揺れ、まるで彼らを待っているようだった。
「ハル」
「はい……」
「君は未来を見たほうがいい。
僕は“今”に残るよ」
ハルが驚いたように目を見開いた。
「なんでですか? 僕こそ今を知りたいんです」
「違うよ。
君は新しい時代を歩ける人だ。
僕は……ユウとの夜を越えたところで“今”がようやく始まった」
ハルは唇を噛みしめた。
涙がにじむ。
「だったら……一緒に門を通れればいいのに」
「それができないから、旅なんだよ」
影の案内人が静かに頷いた。
「正しい答えなどない。
ただ、その選択こそが“二つの旅の始まり”となる」
星のレールが輝き、空へと伸びる。
風が吹き、光は川のように揺れた。
カイはハルの肩を抱き、もう一度言った。
「君は未来を見ろ。
そしていつか、教えに来てくれ」
ハルは涙を拭い、力強く頷いた。
「……必ず。
約束します、カイさん」
影の案内人は杖を地面に突き、道を示した。
「星の渡り道――踏み出せ。
光の門は、選ばれた心だけに開く」
二人は並んで歩いた。
レールの上を、一歩、また一歩。
夜空の下で、影が二つ伸びていく。
やがて星の光が二人を包み込み、“光の門”が姿を現した。
その瞬間、カイの胸の時計が――静かに“今”を刻んだ。
星の渡り道で、カイとハルは二つの道の入口に立った。
未来へ進む者と、今を守る者。
旅は分かれ、やがてまた交わる――その予兆が夜に光る。




