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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第79話 風の谷、記憶の灯火

カイとハルは、風が強く吹く峡谷へと足を踏み入れる。

そこは人々の記憶が灯火となって立ちのぼる場所――。

二人は、自分たちが受け継いだ“想いの形”を知ることになる。

 風の谷に近づくほど、空気は透き通り、草の匂いが濃くなっていった。

 カイとハルは並んで歩きながら、谷底から立ちのぼる淡い光を見つめていた。


 「すごい……まるで火が浮いてるみたい」

 ハルが目を丸くする。陽光を受けた頬が、幼い驚きで赤く染まった。


 谷の底には、無数の光の粒が舞っていた。

 それらはゆっくりと空へ昇り、風に乗って消えていく。

 まるで誰かの心に灯った灯火が、空へ帰っていくようだった。


 カイは胸の奥がじんと温かくなるのを感じた。

 「ここは、想いが消える場所じゃない。

  抱えきれなくなった痛みとか、言えなかった気持ちが、

  こうして“灯火”になって風に流れるんだって」


 「じゃあ、あれは……」

 ハルは光のひとつを指さした。

 それは他の灯よりも強く輝き、真っ直ぐに天へ伸びていく。


 カイは静かに呟く。

 「きっと、誰かの“ありがとう”だよ。

  風に乗せて届けたい気持ちは、強い光になるんだ」


 ハルは目を伏せた。

 「僕の中にも……あるのかな。そういう光」

 「もちろんあるよ。君はたくさんの想いを抱えてここに来たんだから」


 二人は崖沿いの小道を進み、谷底へと続く細い階段にたどり着いた。

 そこには小さな祠があり、古い鐘がつり下げられていた。

 風が吹くたびに、細い音を立てて揺れる。


 「ここ、なんだか……泣きたくなる」

 ハルの声が震えた。


 カイは祠に手を触れた。

 冷たさの奥に、微かな熱が宿っている。

 「わかるよ。きっとここで、たくさんの人が心を手放したんだ」


 その瞬間、祠の鐘がひとりでに鳴った。

 遠くの灯火が揺れ、風の音がやさしく巻き起こる。


 ――カイ。


 微かな声が、風に混じって聞こえた。

 懐かしい声。

 胸の底に深く刻まれた、あの少年の声だ。


 ユウ。


 幻かもしれない。

 けれどその声には、確かな温度があった。


 「今の……聞こえた?」

 カイが尋ねると、ハルはゆっくり頷いた。

 「うん。あたたかい声だった……なんでだろう、涙が出そう」


 ハルの目には光がたまっていた。

 その頬を伝う涙は、風に触れた瞬間、小さな灯火へと変わった。


 「え……?」

 ハルは驚いて涙の跡を触る。


 カイは笑った。

 「それは、君の“ありがとう”の灯火なんだよ」


 灯火は空へ昇り、谷の上でふわりと広がって消えた。

 その瞬間、谷全体が淡い光に包まれた。

 風が金色になったように感じられるほど、美しい光景だった。


 「……ねえ、カイ」

 「うん?」


 「僕、もっと知りたい。

  誰かを思うって、どういうことなのか。

  僕に届いた手紙が――どうしてこんなに胸を震わせたのか」


 カイは空を見上げた。

 灯火はまだゆっくりと昇り続けている。


 「きっと、それを知るために、君はここに来たんだ。

  “旅を引き継ぐ”って、そういうことなんだよ」


 ハルはカイの顔をまっすぐ見つめた。

 「じゃあさ、カイ。

  僕たち、どこまで行けるかな」


 風が二人の間を吹き抜けた。

 灯火がひとつ、カイの肩に触れてはじける。

 暖かい。


 カイは笑った。

 「行けるところまで行こう。

  もう“夜”は来ない。

  僕たちの旅は、風の続く限り続くんだ」


 その言葉に、ハルはゆっくり頷いた。

 谷底の灯火は、まるで二人の“決意”を祝福するように輝きはじめた。

風の谷で、カイとハルは“想いの灯火”を目にする。

それは過去だけでなく、未来へ灯る光――。

二人の旅は、いま確かに「風が導く道」へと踏み出した。

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