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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第77話 風灯の岬(ふうとうのみさき)、灯るもの

旅を続けるカイとハルは、海の向こうに立つ“風灯の岬”へ辿り着く。

そこにある灯台の光は、心に宿った願いを照らすと言われていた。

 海が見えた。

 街道を抜け、丘を越えた先に突然広がったのは、果てしなく広がる青い世界だった。

 風が潮の匂いを運び、耳の奥へ届く波の音がカイとハルの歩みを柔らかく包み込む。


 「すごい……こんなに広い海、初めて見たよ」

 ハルが目を丸くし、両手を広げる。

 風が少年の髪を揺らし、太陽の光が肩の上に小さな影を落としていた。


 カイは静かに微笑んだ。

 「こういう景色に出会うために歩いてきたのかもしれないな」

 「うん……! でも、本当の目的は“灯台”だろ?」

 ハルは前方を指差した。


 海岸線の先端、岬の突端に白い灯台が立っている。

 高くまっすぐ伸びるその姿は、遠くからでもゆっくり脈打つ光を放っていた。

 まるで誰かの呼吸みたいに、一定のリズムで。


 「風灯の岬か……」

 カイは胸の奥がわずかに波立つのを感じた。

 この場所については、旅の途中で何度も噂を聞いた。


 ――風を照らす灯台。

 ――願いを光に変える場所。

 ――人の“心灯”を映す場所。


 「カイ、何か知ってるの?」

 「昔、誰かが言っていたんだ。

  “あそこに行けば、心の奥にあるものが光になる”って」

 「心の奥の……光?」


 ハルの瞳に、かつてユウが持っていた色が一瞬揺れた気がした。

 カイは軽く息をついて微笑み、岬へ向かって歩き始めた。


 海岸線には白い砂と岩が続き、波に濡れた光が反射してきらめいている。

 潮風は少し強く、歩くほどに髪が揺れていく。

 カイの懐中時計が、微かに揺れて音を立てた。


 「カイ、その時計……なんだか光ってない?」

 ハルの声に驚いて確認すると、銀色の針がかすかに青白い光を帯びていた。


 「……風の道を越えたときから、たまに光るようになったんだ」

 「それって、“心灯”の反応なんじゃない?」

 「かもしれないな」


 灯台が近づくにつれ、光は強くなり、周囲の空気まで揺れているように感じた。

 階段を上り、灯台の足元に立つと、重厚な扉の前にひとりの老人が立っていた。


 「よく来たな、風旅の者たちよ」

 白い外套を纏った老人は、穏やかな目で二人を見つめた。


 「あなたは……?」

 「この灯台の“灯守とうもり”じゃ。

  風灯の岬に来る者は皆、何かを胸に抱いておる。

  それをここで確かめに来るのじゃよ」


 ハルは少し緊張した面持ちになる。

 老人は続けて言った。


 「灯台の光は、心の奥の願いを照らし出す。

  それがどんな形であれ、決して否定はせん。

  ただ、見せるだけじゃ」


 カイの胸が少しだけ痛む。

 自分の奥には何があるのか。

 ユウへの想い、ハルへの想い、自分自身への想い――

 それがどんな光を持つのか、まだ分からない。


 「まずは、おまえさんからじゃな」

 老人の視線は、カイへ向けられていた。

 「灯台の階段を登るんじゃ。

  最上階で、光と向かい合うがよい」


 カイは頷き、古い階段を一段ずつ踏みしめながら登り始めた。


 途中、窓から海が見えた。

 光が揺れ、波が白い筋を描き、風が灯台全体を揺らす。

 階段を登るほど、懐中時計の光は強まり、鼓動が早まった。


 そして最上階――

 大きな光のレンズがゆっくりと回っていた。

 青と白の光が交互に差し込み、視界を照らしていく。


 カイはその中央に立った。

 風が吹き込む。

 光が揺れる。

 その瞬間――


 ユウの姿が浮かんだ。

 夜の川を走り、雪の中で笑っていた時の顔。

 病室で見せた、あの穏やかな最後の笑顔。


 続いて――ハルの笑顔が浮かぶ。

 風に手紙を掲げて笑った午後。

 影が並んで伸びた道。


 そして最後に、自分自身の顔が映った。

 幼い頃の弱さも、旅の途中で失くしたものも、

 すべて抱えながら前を向いている――そんな姿。


 光が三つに分かれ、ゆっくりとひとつに重なっていく。

 胸の奥で、鐘のような音が鳴った。


 「……これが、僕の“心灯”なんだな」


 カイはそう囁き、光にそっと触れた。

 その瞬間、灯台全体がやわらかい光に包まれた。

 ユウの声が、風に混じって聞こえる。


 ――「いいよ、カイ。その灯を持って行け。

    もう迷わないように」


 涙がひと筋、頬を伝う。

 しかしそれは、悲しみではなかった。


 階段を降りると、ハルが待っていた。

 「どうだった?」

 「……光が教えてくれたよ。

  僕が今日まで歩いてきた理由を」


 ハルは微笑んだ。

 「じゃあ次は僕の番だね」


 二人は灯台の下で並び、海風に吹かれながら静かに目を閉じた。

 灯台の光は、夕陽を受けていっそう強く輝いている。

 風はやさしく、岬の先で未来を指していた。

風灯の岬で照らされたのは、

カイの過去でも未来でもなく――“今”だった。

その灯は、これからの旅路を静かに照らし始める。

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