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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第74話 風灯(かざあかり)の丘、再会の気配

風灯が揺れる丘で、カイは静かな違和感を覚える。

旅の途中で出会った「影」の気配が再び近づいていた――

それは、誰かの願いが形になろうとする瞬間だった。

 朝の街を離れ、カイとハルの二人旅は、穏やかな風に包まれながら続いていた。

 石畳の道がやがて土の道に変わり、木々が生い茂る森を抜けると、そこにひとつの丘が現れた。


 丘の上には、無数の“風灯ふうとう”が揺れていた。

 竹で編まれた小さな灯篭が、風の力だけでふわりと浮かんでいる。

 灯篭の内部には白い火が燃え、風が吹くたびにその明かりは音もなくゆらめいた。


 「……きれい」

 ハルが思わず声を漏らした。

 「この丘は“風送りの丘”って呼ばれてるんだって」

 「風送り?」

 「うん。誰かに届いてほしい想いを灯して、風に乗せる場所なんだ」


 カイ自身、この丘には不思議な懐かしさを感じていた。

 まるでずっと昔にもここに来たような――そんな気さえする。


 風灯が揺れるたび、影が地面を滑るように流れた。

 その動きが、ある瞬間、完全に止まった。


 「……カイさん?」

 ハルが不安そうに振り返る。


 風が止んだ。

 灯篭が一斉に揺れを止め、丘全体が静止したように感じる。


 そのとき――

 灯篭の隙間からひとつの“影”がゆっくりと現れた。


 黒い外套。

 夜の底をそのまま形にしたような瞳。

 それは、どこかで見た姿だった。


 「君は……」

 カイは呟いた。


 影は歩み寄り、静かに言った。

 「久しぶりだね、カイ」


 “追憶の原”で会った、あのもう一人の自分――ではない。

 だが、彼に酷似した“夜の影”だった。


 影は灯篭をひとつ手に取ると、白い火を覗き込んだ。

 「ここは、想いを『届ける』場所。

  けれど、ときどき届かない想いを抱えた者がやってくる」


 ハルが一歩、カイの前に出た。

 「届かない想い……って?」

 「そう。忘れてしまった者。

  忘れられてしまった者。

  そして……まだ思い切れない者だ」


 影の視線はカイの胸元――懐中時計へ向けられていた。


 「君は“朝”を手に入れた。

  でも、まだ結び目がひとつ残っている」

 「結び目?」

 「心の奥にある、ほどけない糸のことだよ」


 そう言うと、影は灯篭を空へ放った。

 白い火が風に乗って浮かび、空の高みに吸い込まれていく。


 その瞬間、カイの胸の奥がチリ、と痛んだ。

 ユウの顔が浮かぶ。

 病室の白い天井。

 約束の川原。

「生きろ」という声。


 影が静かに言った。

 「彼は、まだ君の中で“完全に旅立っていない”」


 痛みは、優しさだった。

 優しさは、痛みでもあった。


 「……僕は、ユウのことを引き止めているのか?」

 カイの声は弱かった。

 影は首を横に振った。

 「違う。

  君が“生き続けたい”と願ったから、彼は君の中に残ったんだ」


 風が再び吹き始めた。

 灯篭の明かりが揺れ、丘全体が波のようにきらめく。


 影はカイの目の前に立った。

 「だが、今日ここで君は気づく必要がある。

  “ユウを忘れないこと”と“ユウのために立ち止まること”は違う、と」


 その言葉は、カイの胸に深く染み込んだ。


 ハルがそっとカイの腕を握った。

 「行きましょう、カイさん。

  ユウさんが見てる場所へ」


 影が微笑んだ気がした。

 「風灯をひとつ灯すといい。

  その灯りは、今の君の“心の形”になる」


 カイは頷き、灯篭のひとつに手を伸ばした。

 白い火が彼の指先を照らす。

 冷たくはない。

 痛くもない。

 まるで、あの日の川原で見た月明かりのように静かだった。


 カイは灯篭を持ち上げ、ハルと共に丘の中心へ歩いた。

 風が吹き、灯りが揺れた。


 「ユウ。

  もう僕は、君のためだけに歩くんじゃない。

  君と一緒に笑った“僕”のために歩くよ」


 そう言って灯篭を空へ放った。


 灯篭は光の鳥のように空を舞い、

かつて夜の列車が走った“空のレール”をなぞるように昇っていく。


 最後の瞬間、光が強く輝いた。


 そして――消えた。


 静けさの中で、風がひとつ、優しく鳴った。


 影の姿はもうどこにもなかった。

 ただ、風灯が揺れる音だけが丘に残っていた。

風灯に託した灯りは、カイの“結び目”をそっと解き始めた。

まだ旅は続く――

しかしもう彼は、夜の影に怯えることはなかった。

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