第72話 星影の渡り道、風を抱く声
夜と朝の境を歩く二人の前に、光の裂け目が現れる。
そこには、かつてカイが乗った“時刻なき鉄道”の影が揺れ、
彼らをどこかへ誘おうとしていた――。
夕陽の色が街の屋根を金色に染めていく。
始まりの街で過ごす日々は、いつの間にか静かなリズムになっていた。
カイとハルは、今日も並んで街はずれの丘へ歩く。
風が吹くたびに、遠くの草が白い波になる。
「カイさん、この先に“星影の渡り道”があるって聞いたんだ」
ハルが目を輝かせて言った。
「星影……また不思議な名前だな」
カイは笑う。
この街には“風の道”“朝の音階”“夕暮れの図書館”など、
耳にするだけで胸がくすぐったくなるような地名が多い。
丘を登りきったときだった。
空の端が淡く揺れた。
最初は蜃気楼のように思えたが、それは確かな“裂け目”だった。
光のひびが夜空に伸び、星々の位置さえ歪めている。
「……これは」
カイは息を呑んだ。
微かな音がした。
遠くから鉄が擦れるような、しかし温かい旋律を帯びた音。
――シュウゥ……
「列車の……音?」
ハルが小さく呟く。
そう、それは間違いなかった。
“時刻なき鉄道”の気配だ。
カイは胸が静かに震えるのを感じた。
(また呼んでいる……)
だが今回は、夜の川原で聞いたそれとは違った。
暗い影も、迷いの風も、悲しさもない。
ただ静かに、前へ進めと告げる光。
裂け目の中に、線路の影が浮かび、
そこに夜光の粒が沿うように流れていた。
「カイさん……これ、行くべきなの?」
ハルの声が揺れる。
カイは空を見上げた。
あの日、ユウの声が風に乗って届いたあの瞬間を思い出す。
――行けよ。
――生きろ。
「多分ね……これは、僕だけじゃなくて、ハルにも用意された“次の道”だ」
「僕にも?」
「そう。だって君は……僕の手紙を“受け取った”から」
ハルの瞳が揺れる。
あの日、風が運んだ手紙はユウではなく、ハルの手に届いた。
それは偶然ではなく、きっと“橋渡し”だったのだ。
裂け目はゆっくりと開いていく。
その向こうには夜とも昼ともつかない空が広がり、
星の河が波打っていた。
「ねえ、これって……どこにつながるんだろう?」
ハルが不安そうに言う。
カイは一歩前へ出る。
風が頬を撫でる。
「分からない。でも……その分だけ面白いよ」
「カイさん、怖くないの?」
「怖いさ。でも“怖い”って、生きてる証だろ?」
その言葉に、ハルは小さく笑った。
「そうだね。……行こう。僕も一緒に」
二人は裂け目の前に立った。
星影が二人を照らし、影が重なり合う。
カイは胸の中の懐中時計に手を添えた。
針は静かに“今”を刻んでいる。
「行くよ、ハル。次の“時刻”へ」
光の裂け目の中へ足を踏み入れると、
足元に柔らかな光のレールが現れた。
――チリリ……
風が小さく鳴いた。
どこからともなく声がした。
ユウの声にも似ていて、それでいて別の誰かの声。
――行っておいで。
――君たちの朝は、まだ続いている。
カイはゆっくり頷いた。
ハルの手を取り、光の道へ踏み出す。
世界が揺れ――
瞬間、白い光に包まれた。
そして二人は、
“次の世界”へ向かって歩き出した。
光の裂け目は、旅の続きへの招待状だった。
カイとハルは新たな世界へ踏み出し、
“時刻なき鉄道”の物語は静かに新章へと向かう。




