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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第71話 風灯りの坂、消えない影

夕暮れの街に灯る“風灯り”。

その坂道を歩くカイとハルの横に、

ふと――消えたはずの影が揺らぐ。

 街の空気が、静かに夕暮れへと傾いてゆく。

 青と金が混ざり、空の端に薄い紫が広がる。

 昼の喧騒が引き潮のように遠ざかり、子どもたちの笑い声も次第に淡くなる。


 カイとハルは坂道を歩いていた。

 坂の名は“風灯りの坂”。

 日が沈む頃になると、街のあちこちに埋め込まれた小さな灯籠が、風を受けてふわりと光り出す。

 まるで人々の祈りが、夜になる前にそっと灯されるように。


 「きれい……」

 ハルが足を止めた。

 坂の両脇に並ぶ灯籠が一斉に光り、風に揺れるたびに光の粒が空に舞い上がっていく。

 「あれ、どうやって光るんだろう?」

 「風だよ。風が弱いときは光らず、強すぎても消えちゃう。

  いい風のときだけ、灯りがともるんだ」


 「へえ……生きてるみたいだね」

 「うん。きっと、そうなんだろうな」


 ふたりは再び歩き始めた。

 坂の上には、小さな展望台がある。

 そこからは街が一望でき、夕暮れの空と光の粒が溶け合って美しい景色を描く。


 風がふっと吹いた。

 灯籠が揺れ、影がひとつ、地面に揺れた。

 カイとハルの影――その横に、もうひとつ影があった。


 「……え?」

 カイは思わず立ち止まった。

 自分とハルの影、そのどちらにも繋がっていない“第三の影”。


 「どうしたの?」

 ハルが振り返り、カイの視線を追う。

 「え……?」


 影はふたりの横に寄り添うように伸びていた。

 形は曖昧で、輪郭はゆらゆらと揺れている。

 だが――どこか、懐かしい。


 「そんな……」

 胸が強く鳴った。

 坂の灯籠の光が、第三の影をやさしく照らしている。

 よく見ると、その影は少し猫背で、歩き方に癖がある。


 ――ユウ。


 その名が、胸の奥から自然と浮かんできた。


 「カイ?」

 ハルの声が遠くなる。

 カイは影に近づき、そっと手を伸ばした。

 影は風に揺れたが、消えなかった。


 「ユウ……なのか?」

 声に出した瞬間、影がわずかに膨らみ、揺れ、形を変える。

 肩のあたりが持ち上がり、後ろ髪が風に揺れるような輪郭になった。


 「まさか……本当に?」

 カイの表情が揺れた。

 胸の奥が熱くなり、目の奥がじんと痛む。


 風が強まる。

 灯籠が一斉に明滅し、坂道全体が光で満たされた。

 第三の影はふっと浮かぶように揺れ――

 カイの足元へ寄り添うように、重なった。


 その瞬間。


 遠くから、ユウの声がしたような気がした。


 ――「歩けよ、カイ」


 たった一言だった。

 けれど、その響きは確かに“彼”のものだった。


 「……ユウ」

 カイの目から涙がひとつ、光に溶けて落ちた。


 ハルが小さく言った。

 「カイ……いま、誰かと話した?」

 「……うん。

  いや……分からない。

  でも、確かに“そこにいた”」


 第三の影は、風が弱まるにつれて薄れていった。

 輪郭が消え、形が消え、最後にはひとつの光の粒になって空へ昇った。


 カイはしばらく立ち尽くしていた。

 握りしめた拳が震えている。

 けれど、その震えは悲しみではなかった。


 「行こう、ハル」

 「うん」

 「……僕は、やっぱりまだ旅の途中なんだ」


 「知ってる。

  だって、僕も一緒に歩くよ」


 ふたりは坂を登り続けた。

 風灯りは、ふたりの影を照らしながら、

 薄くなった空の色の中へと、静かに道を示していた。


 そして――

 坂の一番上で振り返ったとき、

 カイはもう一度だけ、背後に懐かしい影を見た気がした。


 ほんの一瞬。

 けれど、その一瞬こそが、前へ進む力になった。

“第三の影”は幻ではなく、心が呼び寄せた再会だった。

カイは再び歩き始める――

ユウと、そしてハルと共に続く未来へ。

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