表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/100

第70話 朝の河原、再び降りてくる列車

朝、カイは初心の地――夜ではなく“朝”の河原に立つ。

そこへ再び、光をまとった列車が降りてきた。

 朝の空はゆっくりと青を深めていた。

 風にそよぐ草の匂いが川面に流れ、やわらかな光が水の表情を照らしている。

 カイは、かつて“夜”に立った河原へと戻ってきていた。だが今は夜の闇ではない。雲間から射す陽光が石を照らし、風の音が静かに耳へ届いてくる。


 この場所へ戻るのは、長い旅の果てにたどり着いた自然な選択だった。

 ユウと最後に歩いた川原。

 “眠り町行き”へ乗る前に佇んだ岸辺。

 そのすべてが、今では別の意味を持つ。


 「……ここから始まったんだよな」

 カイは小さく呟いた。


 旅は、たしかに闇から始まった。

 ユウの死という深い喪失、その痛みを抱えて乗り込んだ“時刻なき鉄道”。

 何度も心の声に導かれ、恐れを抱えたまま歩き、風の道を越え、朝の街で自分の「時刻」を手に入れた。


 あれからの日々は穏やかだった。

 ハルと出会い、風に手紙を託し、何度も鐘の音を聞いた。

 だが――今日は、特別な朝だった。


 胸の奥で小さな振動がした。

 それはまるで、遠いところで汽笛が鳴っているかのような響き。

 風が止まり、川の流れの音だけがはっきり聞こえた。


 そのときだった。


 空気が一瞬だけ震え、川原の上に光が広がった。

 白い光の帯が空へ伸び、やがて一本の線路が浮かび上がる。

 現実には存在しないはずのレール。

 けれどカイは、それを知っていた。

 “時刻なき鉄道”が降りてくる前触れだ。


 眩しい光がゆっくりと形を取り、天から列車が降りてきた。

 夜の闇を割って降りてきたあの姿とは違う。

 朝の光をまとって、まるで風そのものが形になったような輝きだった。


 「……また、来てくれたんだな」


 列車は音もなく河原にとまった。

 扉が開き、朝の風がふわりと流れ込んでくる。

 その風には、どこか懐かしい匂いが混ざっていた。


 カイは思わず深く息を吸い込んだ。

 胸の奥で優しい痛みがする。

 ―ユウに初めて別れを告げた日の風と同じ匂いだった。


 「おはよう、カイ」


 列車の中から声がした。

 その声は風に揺れ、光に包まれ、どこかで聞き覚えがあるようで、しかしはっきりとは思い出せない。

 けれど、カイは一歩踏み出していた。

 列車の扉へと。


 車内は以前と変わらず、やわらかな青の光に満たされていた。

 だが、窓の外の風景は夜ではなく朝の色。

 席には誰もいない。

 ただ、通路の奥にひとりの人物が立っていた。


 黒い外套の影――

 追憶の原で出会った“もうひとりのカイ”とよく似た面影。

 だが、その表情は柔らかかった。


 「心配しなくていいよ。これは“別の旅”の車両だから」

 影の人物は言った。

 「君が夜に乗った車両とは違う。これは、朝を生きる者が乗る列車だ」


 「朝を……生きる者?」

 カイは聞き返した。


 影は頷いた。

 「君は夜を越えた。ユウの死も、自分の弱さも、そして祈りも。

  だから今、列車は君を“次の旅”へ連れていくために来たんだ」


 カイは胸の奥で何かが静かに灯るのを感じた。

 列車に乗ることへの恐れはもうなかった。

 悲しみも、後悔も、すべてが優しい影のように背後に揺れているだけだった。


 「でも……どこへ連れていくんだ?」


 影は微笑んだ。

 「それは、君自身が決めることだよ」


 列車の天井に光が走り、風のざわめきが聞こえた。

 川原の向こうで、ハルの声がした気がした。

 「また会おうね、カイさん!」

 その声に、カイは微笑み返した。


 「行けるよ、ユウ」

 小さく呟いた。

 「僕はもう、どこへでも行ける」


 影はゆっくりとうなずき、手を差し出した。

 「さあ――次は、君の“物語”の駅だ」


 列車の扉が閉まる。

 光のレールが再び空へ伸び、車体が浮かび上がっていく。


 朝の河原に、風が吹いた。

 草が揺れ、石が光り、水が流れ、空が広がる。

 そのすべてがカイの背中を押す。


 列車は空を走り、朝の雲の向こうへ消えていった。

 カイの新しい旅が、また始まった。

朝、列車は“夜”ではなく“朝”へと降りてきた。

カイの旅は終わらず、光の中へ続いていく――

彼自身の「時刻」を刻むために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ