第69話 風の谷、灯火の行方
カイとハルの旅は風の谷へと続く。
そこには“かつての旅人”が灯したという光が眠っている。
二人は、その灯火が示す“次の道”を知ることになる。
風の谷へ続く山道は、ゆるやかながら、どこか懐かしい匂いを含んでいた。
草の香り、湿った土の匂い、そして風が運んでくる遠い鐘の音。
カイは深く息を吸い込み、後ろを歩くハルへと振り返った。
「疲れてないか?」
「大丈夫です! 風が気持ちいいから」
ハルは笑って駆け寄る。その影がカイの影と重なる瞬間、カイはふと胸が温かくなるのを感じた。
――ユウ。
彼がいた頃の“冬の川”を歩く記憶が蘇る。
風の谷は、あの頃の風とよく似ていた。
谷に近づくほど、風は優しく歌うように吹き抜ける。
青い草が波のように揺れ、空に影が走った。
雲の切れ間から光が射し込み、まるで地上の道を照らしているようだった。
やがて、谷の入口に古びた石碑が現れた。
そこには、かすれた文字でこう刻まれていた。
――「風の灯火は、迷いを照らし、約束を結ぶ」
ハルが首を傾げる。
「灯火って、何を照らすんでしょう?」
「きっと……自分の心だよ」
カイは石碑をそっとなでながら呟く。
ふたりが谷へ足を踏み入れると、途端に空気が変わった。
風が急に静まり、草の揺れも止まる。
まるで谷全体が“息を呑んで”ふたりを見つめているようだった。
「なんだか……不思議な感じです」
「うん。何かが、待ってるみたいだ」
谷の奥には、小さな祠があった。
木の扉は朽ちているが、その前に置かれた灯籠には、
信じられないことに、淡い青の火が燃えていた。
「火が……消えてない!」
ハルが驚いた声を上げる。
カイも息を呑んだ。
風が吹くのに、火は揺れず、静かに揺らめくだけだった。
「これは……“風の灯火”だよ」
カイは確信を持って言った。
この火は、列車で出会った無数の“祈り”と同じ匂いがした。
白い百合の香り、夜の川原に降りてきた列車の音、そのすべてに通じるものだった。
ハルが灯火に手を伸ばそうとすると、
火がふっと揺れ、まるで“触るな”と言うように後ずさった。
「えっ!? 火なのに……逃げた?」
カイは微笑む。
「触れるべきものじゃないんだ。
たぶん、灯火は“見る者の心”を選ぶ」
ハルは少し残念そうに火を見つめた。
が、その瞬間、灯火が強く光る。
青い光が広がり、谷全体が照らされた。
風が戻ってくる。
やわらかく、懐かしい風――
ユウが笑った時のような、あの冬の風だ。
「……カイさん」
ハルが小さく呟いた。
「この風、知ってます。初めてなのに、すごく懐かしい」
カイは胸が熱くなった。
風が教えているのだ。
“この子は、新しい旅人だ”と。
灯火がふたりの前でふわりと浮かび上がり、
風に乗って空へ昇っていく。
谷を抜け、雲に触れ、やがて空の高みに散っていった。
光が消えると、谷には再びふたりだけが残った。
だが、それは寂しさではなく、
「次の道が開いた」という静かな確信をもたらした。
カイは深く息を吸い込み、前へ歩き出す。
ハルが隣に並ぶ。
風は優しく、ふたりの背中を押した。
「行こう。まだ続きがある」
「はい!」
草原の向こうには、
新しい街の白い輪郭が揺れて見えた――
まるで、次の時刻がふたりを呼んでいるかのように。
風の谷で灯火は空へ帰った。
それは、二人の前に開かれる新たな道を照らす合図だった。
カイとハルは、もう迷わない――風が、次の章へ導いていく。




