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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第64話 風渡る坂道、ふたりの影

坂道を登るたび、カイとハルの影は伸びたり縮んだりしながら重なっていく。

そこで見えた景色は、失われた夜と、これからの朝をつなぐ場所だった。

 朝の街を抜け、丘の斜面へ続く細い坂道に足を踏み入れると、風がふわりと二人を包んだ。

 カイは一歩進むごとに、背後に伸びる影を見た。

 その影は、かつてユウと並んで歩いたときの影と、どこか似ていた。


 「カイさん、この坂……気持ちいいですね」

 前を歩くハルが言う。

 少年の声は、朝の風の音と混ざり、軽やかに空へ昇っていく。


 「そうだな。昔、こうやって歩いた道があったんだ。

  冬の川の近くで……ユウと一緒に」


 ハルは立ち止まり、振り返った。

 「そのユウって人、どんな人だったんですか?」


 カイは空を見上げた。

 雲が白く流れ、光が揺れ動く。

 「……自由なやつだった。

  時々どこかに消えて、気づいたら戻ってくる。

  だけど、どこか遠くを見ているような目をしていた」


 ハルは静かに頷いた。

 「カイさんの話を聞いてると……なんだか会ったことがある気がします。

  変ですよね、知らないはずなのに」


 「そうかもしれないな。

  けど、不思議なことじゃない。

  人の想いは、誰かの中で形を変えるから」


 風が吹き、坂道に敷かれた白い花弁が舞った。

 それは街の南に咲く“祈りの花”が風で運ばれたものだ。


 やがて坂の上に、小さな石碑が見えてきた。

 それは旅人が置いていった思い出を刻む碑で、ひとつひとつに名前と短い言葉が残されている。


 ハルが近づき、そっと手で触れた。

 「……ここ、なんかあったかいですね」


 「誰かが心を置いていった場所だからだよ」


 石碑にはこう刻まれている。


 ――『風に託す言葉は、いつか必ず届く』


 その文字を見た瞬間、カイの胸にあの日の手紙の記憶が甦った。

 風に乗せて送ったユウへの言葉。

 それが巡り巡ってハルの手に届いた奇跡。


 「カイさん」


 「ん?」


 「僕も……誰かに言葉を届けてみたいです。

  誰かがこの道を歩くとき、少しでも前を向けるように」


 カイは微笑んだ。

 「その気持ちは、きっと誰かの風になる」


 ハルはポケットから紙切れを取り出し、小さな鉛筆で一言書いた。

 その文字は子どもの筆跡で、けれどまっすぐだった。


 ――『また歩けるよ。君はひとりじゃない』


 風が吹き、紙がふわりと浮かぶ。

 ハルは慌ててつかもうとしたが、カイが制した。


 「そのままでいい。

  言葉は風が運んでくれる」


 紙は空へ舞いあがり、あっという間に雲の向こうへ消えた。


 二人はしばらく空を見上げていた。

 やがてカイが言った。


 「……行こうか。坂の上まで行けば、街を見渡せる。

  きっと、良い景色だ」


 ハルは笑った。

 「はい!」


 坂を登るにつれ、二人の影は長く伸びていき、

 風が影を撫でるたびに、まるでユウの影が隣に重なったように感じた。


 坂の頂上には、石造りの展望台があった。

 そこから見える光景は、息を呑むほど美しいものだった。

 街全体が白い光に包まれ、遠くの丘には列車の軌跡のような雲が走っている。

 光の中で、時計塔が午後の時刻を指し、鐘の音がやさしく響いた。


 「カイさん、すごい……。

  こんな景色、初めて見ました」


 カイもまた、胸の奥が温かくなるのを感じていた。

 「……ユウにも見せてやりたかったな」


 ハルはそっと、隣に立つカイの袖をつまんだ。


 「きっと見てますよ。

  だって、風がさっきからずっと吹いてる」


 その言葉に、カイの喉がつまった。

 また風が吹き、白い花弁が二人の周りを舞った。


 ――「行けよ、カイ」


 あのときと同じ声が、風の中で微かに響いた気がした。


 カイはそっと目を閉じ、笑った。


 「ありがとう……ユウ。

  僕は、もう大丈夫だよ」


 ハルも笑った。

 二人の影が展望台の床に寄り添うように並んでいる。


 風が吹き、世界がやさしく揺れた。

坂道で重なった影は、過去と未来をつなぐ絆だった。

カイとハルは風に導かれながら、少しずつ同じ景色を共有していく。

旅はまだ続く――新しい光へ向かって。

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