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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第63話 星影の裂け目、呼び戻す声

静かな夜、更けゆく空の下でカイは“異変”を感じ取る。

それは風でも光でもない――彼の名を呼ぶ、確かに覚えのある声だった。

 その夜、始まりの街はまるで時間を忘れたかのように静かだった。

 昼間の温もりを残した石畳がほのかに光り、川面には星が揺れている。

 ハルと別れたあと、カイはひとりで街外れの丘へ向かって歩いていた。

 胸の奥に、説明のつかないざわつきがあった。


 ――呼ばれている。


 風でも、遠くの鐘でもない。

 もっと深く、心の底を震わせるような、懐かしい響き。


 丘を登りきると、夜空が一面に広がった。

 星々は穏やかに明滅し、まるで天の海を漂う灯火のようだ。

 カイは草の上に腰を下ろし、深呼吸をした。

 冷たい空気が胸に入り、吐き出すたびに白い息へと変わる。


 ――カイ。


 再び、声がした。

 風の音に似ているが違う。

 誰かが確かに彼の名を呼んでいる。


 「……ユウ?」


 口にした瞬間、胸がきゅっとつまる。

 違う、と分かっている。

 あの声は、もう彼の耳には届かない。

 しかし、この声は――今のカイを呼んでいる。


 夜空の中心に、星がひとつ強く光った。

 まばゆい青白い光が、空を裂くように線を引く。


 「……何だ?」


 光の線が、少しずつ伸びていく。

 やがて、空に“裂け目”が生じたように見えた。

 その向こうには、別の夜があった。

 深い紺色の空、見覚えのある列車の影――

 そう、“時刻なき鉄道”の夜空。


 カイは息を呑んだ。

 列車は夢の終わりとともに姿を消したはずだ。

 朝の街へ辿り着いた彼は、もう夜へ戻ることはないと思っていた。


 ――カイ。


 また、声がした。

 今度ははっきりと聞こえた。

 少年でも、老人でもない。

 その声は“風の向こう側”から届いている。


 「誰だ……?」


 光の裂け目の中で、影が揺れた。

 小柄な影――子供だ。

 街で出会ったハルよりも幼く、けれどどこか面影がある。


 その子供はカイの方をまっすぐ見て、手を伸ばした。


 ――迎えにきたよ。


 声は確かに聞こえた。

 その表情は懐かしささえ覚えるほど穏やかだ。

 しかし、カイの記憶には存在しない顔だった。


 「……僕を?」

 ――うん。

 「どうして?」

 ――君は“まだ終わってない”から。


 終わっていない。

 旅は朝に終わり、新しい時刻が始まったはずだ。

 ユウとの別れも痛みも、すべて越えた。

 それなのに――。


 「僕はもう戻らない。夜へは行かないよ」

 カイは強く首を振った。

 「夜はあなたたちのものだ。僕は歩き出したんだ。

  朝の中で、自分の時刻を……」


 子供は静かに微笑んだ。

 ――違うよ。夜は“終わりの場所”じゃない。

 ――“つなぐための場所”なんだ。


 その言葉が胸に刺さった。

 つなぐ?

 何を、誰と?


 子供は裂け目の向こうを指さした。

 そこには、淡い光の川が流れていた。

 それはかつて“夜の川原”で見た光の川に似ていた。

 その上を、白い花が静かに流れていく。


 百合の花――祈りの花。


 「あれは……」


 ――流れてきたんだ。たくさんの祈りが。

 ――でも、受け取る人がいない祈りもあった。

 ――だから君に“繋ぎ”に来たの。


 息が止まる。

 ユウへの祈りではない。

 ユウからの祈りでもない。

 “誰かの祈り”――その届け先がまだ見つかっていない。


 「……僕が、受け取るの?」

 ――君は“夜を越えた者”。

 ――その旅が必要なんだよ。


 カイは星の裂け目を見つめた。

 恐怖よりも、不思議な温かさが胸に広がっていく。


 「もう一度、夜を……?」


 子供は小さく頷いた。


 ――大丈夫。

 ――今回は“ひとりじゃない”。


 すると、裂け目の向こうに別の影が現れた。

 少年の影――ハルだ。


 「……ハル?」

 光の向こうのハルが微笑んだ。

 「カイくん、行こう。

  僕たちで“届けに”行こう。

  まだ待ってる人がいるんだ」


 風が吹いた。

 丘の花々が揺れる。

 夜空が裂け、光があふれ、星屑が舞う。


 カイは深く息を吸った。

 その胸に刻まれた懐中時計が、小さく音を立てる。

 “今”を示す音。


 「……分かったよ」


 彼は夜空の裂け目へと歩き出した。

 そしてその瞬間、世界の境界が音もなく揺れた。

カイの前に開いた“夜への道”は、終わりではなく始まり。

今度の旅は祈りをつなぐ旅――そのために、彼は再び星の下へ踏み出す。

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