表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/100

第62話 星降る坂道、ふたりの影

夜の訪れがゆっくりと始まり、空には星が降りはじめる。

カイとハルは、静かな坂道を歩きながら、互いの“影”の形を確かめ合う。

 夕暮れの気配が街に広がりはじめた頃、カイとハルは丘の外れへ向かって歩いていた。

 昼間のあたたかな光は薄れ、代わりに藍色の風が二人の髪を揺らす。

 石畳の道は夕陽を吸い込み、オレンジから紫へ、そしてゆっくりと夜へ染まっていた。


 「カイさん、今日は早かったですね」

 隣を歩くハルが、いつもの明るさで微笑む。

 「うん。ちょっと見たい場所があったんだ」

 「見たい場所?」

 「夜になる前に、一緒に見たいものがある」


 ハルは首をかしげたが、特に理由を聞こうとはしなかった。

 この街に来てから、彼はカイの“沈黙の意味”をよく理解していた。

 言わなくても伝わる――そんな距離が、二人の間に静かに育っていた。


 坂道の途中、街を見下ろせる場所に差しかかった。

 白い屋根の家々が光を失い、代わりに窓の灯がひとつ、またひとつと灯る。

 風が吹き、遠くで鐘の音がかすかに響いた。


 「いい匂い。夕ごはんの匂いかな」

 ハルが深呼吸をする。

 カイは笑った。

 「多分ね。パン屋もそろそろ閉まる頃だし」

 「今日のスープ、おいしかったですよ」

 「また行こう。二人で」


 その言葉に、ハルの顔がふっとゆるんだ。

 彼はまだ、誰かと約束を交わすことにどこか不慣れで、

 そのたびに小さな子供のような表情を見せるのだった。


 二人は坂の上まで歩き、丘の端に立った。

 そこには一本の灯があった。

 “風の道”へつながるあの灯とよく似ているが、今はただ静かに明滅を繰り返しているだけだった。


 「ここ、初めて来ました」

 ハルが目を輝かせる。

 「夜になるともっと綺麗だよ」

 カイは空を指した。


 その頃には、街の明かりよりも空の光のほうが強くなり始めていた。

 藍色の広がる空の奥で、星がひとつ、またひとつ瞬く。

 夜の始まりの合図だ。


 「わあ……」

 ハルの声が風に溶ける。

 「こんなに星が見えるんですね」

 「うん。この街は夜が静かだからね」


 カイは空を見上げながら、そっと息を吐いた。

 この街では夜が怖くない。

 それは“夜の川原に降りてくる列車”がもう遠い記憶になり、

 彼の中の“闇”が、ゆっくりと朝へ変わっていったからだ。


 「カイさん」

 「ん?」

 「ぼく、最近……夜が怖くなくなりました」


 カイは驚いてハルを見る。

 ハルの横顔は夕闇に染まり、少年というよりひとりの旅人としての影を帯びていた。


 「前はね、夜になると胸が苦しくなってたんです。

  ぼくにも、忘れられない人がいたみたいで……」


 ハルは一歩、坂道の上へ近づいた。

 カイは黙ってその言葉を待った。


 「でも最近は……風が吹くと安心するんです。

  なんでだろう。誰かに守られてる気がして」

 「それはきっと、風が君の手紙を運んだからだよ」

 カイはそっと言った。


 「手紙?」

 「君がまだ知らない誰かへ向けた言葉が、

  風を通して君自身に返ってきてるんだ。

  それが……君の夜を照らしてくれてる」


 ハルの目が少し揺れた。

 その揺らぎは、悲しみではなく希望の光に似ていた。


 「……カイさん」

 「うん」

 「ぼく、もう怖くないです」


 その一言に、カイの胸の奥が熱くなった。

 まるであの日、自分が“追憶の原”で見つけた答えを

 いまハルも同じように見つけたのだと、はっきり分かったからだ。


 夜風が吹いた。

 空には星が広がり、まるで白い粒が降りはじめたようだった。

 二人の影は地面に長く伸び、その影はゆっくりと寄り添っていく。


 「カイさん、ほら」

 ハルが指差す先で、星が一つ流れた。

 すうっと夜空を切り裂く光の軌跡。

 それはどこか“時刻なき鉄道”のレールに似ていた。


 「願い事、しました?」

「……うん。したよ」

 「どんな願い?」


 カイは少し照れて笑った。

 「まだ内緒」


 ハルは不満そうにしながらも、笑って肩をすくめた。

 「ぼくも願いましたよ。“ふたりで歩き続けられますように”って」


 その言葉に、カイはゆっくりと目を閉じた。

 胸の奥で、懐中時計の針が確かに動いた気がした。


 夜は深まりつつあった。

 だが、もう闇は怖くない。

 ふたりの影が寄り添いながら、星降る坂道をゆっくりと降りていく。

 その影は、まるで夜の底にあかりを灯すランタンのように、

 柔らかく揺れていた。

星降る夜は、過去の痛みを静かに溶かし、

ふたりの影を“未来の形”へと変えていく。

カイとハルの旅は、少しずつ夜明けの気配へと近づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ