第60話 星降る丘、再会の気配
旅の節目となる夜、カイとハルは星の降る丘へ向かう。
そこに漂う“懐かしい気配”は、過ぎ去った夜と未来をつなぐものだった。
夕暮れが街を包み、空が群青へと沈んでいくころ、カイとハルは街外れの丘へ向かっていた。
昼間はどこにでもあるような草原だが、夜になるとそこは“星降る丘”と呼ばれる場所に変わるのだという。
「星が落ちてくるって、本当?」
ハルが目を輝かせて尋ねた。
カイは笑って答えた。
「落ちるんじゃなくて、降りてくるんだよ。光が地面に触れる瞬間が見えるらしい」
丘へ近づくにつれ、空気が澄んでいく。
木々の間を抜け、二人は草原についた。
そこには誰もおらず、風の音だけが揺れている。
やがて夜が深まり、空にひとつ、またひとつと星が灯る。
カイは草の上に腰を下ろした。
ハルも隣に座り、同じように空を見上げる。
「きれい……」
ハルの声が風に溶けた。
星々はまるで呼吸するように明滅し、やがて一筋の光が夜空を横切った。
流星だ。
その尾が草原の端に触れた瞬間、淡い光が地面を走った。
本当に、星が“降りた”のだ。
「すごい……!」
ハルは立ち上がり、光が走る方向へ駆け寄る。
カイもふらりと立ち上がった。
風が強く吹き、二人の影が揺れる。
「カイ――」
ハルが呼ぶ声に、カイは振り向いた。
その瞬間だった。
光の束の向こうに、人影が立っていた。
夜の中でほのかに発光し、輪郭がゆらいでいる。
カイは息を呑んだ。
「……ユウ?」
呼んだ声はかすれていた。
影はゆっくりとこちらに向けて顔を上げた。
だが、その顔がはっきり見える前に、光が揺らぎ、影は遠ざかった。
「待って……!」
カイは駆け出した。
ハルもその後を追う。
だが影は、近づくほど遠ざかった。
星の光が乱反射し、輪郭が崩れていく。
――カイ。
確かに、声が聞こえた。
耳ではなく、胸の奥に直接響くような声。
懐かしくて、痛くて、温かい声。
だが次の瞬間、光は収束し、影ごと夜空に溶けてしまった。
丘の上には、静けさだけが戻っていた。
「今の……誰?」
ハルが息を切らしながら尋ねる。
カイはしばらく答えられなかった。
震える指先を見つめ、ようやく絞り出すように答えた。
「……友達だよ。
ずっと、会いたかった」
ハルはカイを見上げ、静かに頷いた。
「じゃあ、きっとまた会えるよ」
「どうして?」
「だって、“降りてきた”んだ。
あなたに会うために」
その言葉に、カイは胸の奥が熱くなるのを感じた。
ユウは遠い場所に行ったのではない。
ただ、別の時を歩いているだけなのだ。
そして、必要な時にこうして姿を“寄せて”くる。
星がまたひとつ落ち、草原が淡く光った。
その光の中で、カイは静かに目を閉じた。
――ユウ、僕は歩いているよ。
君の声が導いた道を。
丘の上に、確かな風が吹いた。
まるで誰かが優しく髪を撫でてくれたような風だった。
カイはハルと並んで立ち、星空を見上げた。
光は降り続けている。
遠い夜を照らしながら、未来へと繋がる軌道のように。
「帰ろう、ハル」
「うん」
二人は丘を下った。
振り返ると、星明かりの中で、もう一度人影が揺れた気がした。
だがカイは微笑んだ。
追わなくていい。
きっとまたいつか、星の道で会えるから。
星降る丘で見た“影”は、過去か、未来か、あるいは想いの形か。
カイの旅は再び深まり、光の物語は静かに次の章へ向かっていく。




