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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第59話 風の図書館、閉ざされた一冊

風に導かれ、二人は静かな丘に建つ古い図書館へ。

そこには過去の旅人の記録が眠り――そして、一冊だけ開かない本があった。

 朝の街を出て数日、カイとハルは穏やかな道を歩き続けていた。

 光の道は揺れ、森の木々は風に合わせて歌う。

 夜は来ない。

 それでも淡い薄明かりの時間があり、二人はその静けさを楽しむようになっていた。


 「ねえカイ。あれ、見える?」

 丘の頂に着いたとき、ハルが指をさした。


 そこには一軒の大きな建物があった。

 古びた木と白い石で作られた、静かな図書館。

 入口には風見鶏があり、風に合わせてカラン、と音を立てている。

 扉の上には文字が刻まれていた。


 《風の図書館》


 「図書館……こんなところにもあるんだ」

 「風の囁きが集まる場所、って書いてあるよ」

 ハルは読んだ文字を指でなぞった。


 二人が扉を開くと、やわらかな風が吹き抜けた。

 本棚がいくつも並び、それぞれの棚には古い日記や旅の記録、手紙が収まっている。

 本の間を通る風は、かすかに囁き声を運んでいた。

 まるで本たちが、語りかけてくるようだ。


 「ここは……旅人の記録を集めてるのかな」

 カイはつぶやきながら棚を歩いた。


 ある棚の前で足が止まった。

 手書きのラベルには《時刻なき鉄道》と書かれている。

 心臓が跳ねる。


 「カイ、これ……君の旅のことじゃない?」

 「たぶんね。でも、僕だけじゃない。たくさんの人がこの列車に乗ったんだと思う」


 本の一つを開くと、どこかで聞いた言葉が目に飛び込んできた。


 ――“夜の川原に降りてくる列車を見た”

 ――“時刻なき鉄道に乗り、過去と向き合った”


 「ほら、この人も追憶の原に行ったみたいだよ」

 ハルは別のページをめくりながら言った。

 その声は少し震えている。


 「ねえカイ、ぼく……こういうの読むと胸がざわざわするんだ。

  ぼくにも“向き合うもの”があるのかな」


 カイはハルの肩にそっと手を置いた。

 「あるよ。でも、それはいつか自分でわかる。

  風が教えてくれるさ」


 そう告げたとき、図書館の奥から強い風が吹き抜けた。

 本のページが一斉にめくれ、棚がきしむ。

 二人は思わず身を低くした。


 その風は、ある一点を示すように吹いていた。


 図書館の中央。

 そこだけ、異様に古びた机が置かれ、

 机の中央には――一冊の厚い本。


 しかしその本には鍵がかかっており、金具は固く閉ざされている。

 表紙には何も書かれていない。

 ただ、淡い光がゆらめいているだけだった。


 「この本……開かないみたいだ」

 ハルがそっと触れようとした瞬間、

 ビリッ――と空気が震え、手を引っ込めた。


 「大丈夫か!?」

 「う、うん……何かが拒んでる感じがする」


 カイも手を伸ばしてみた。

 しかし触れる直前、風が本を守るように吹き、彼の指を押し返した。


 「この本……開いてほしくないのかな」

 ハルが不安げに言う。


 カイは首を振った。

 「違う。

  たぶん“まだ開く時じゃない”ってことだ」


 風の音が、まるで答えるように静かになった。


 その瞬間、カイは気づいた。

 ――風の図書館は、旅の途中に現れる場所。

 まだ開かれない本は“未来の自分が書く続きを待っている”のだと。


 ハルは本を見つめながらつぶやいた。

 「これって……ぼくたちの未来の本?」


 カイはゆっくりとうなずいた。

 「そうかもしれない。

  まだ名前のない旅、まだ辿り着いていない場所。

  きっとこの本は、その続きを待ってるんだよ」


 ハルは少し表情を和らげた。

 「じゃあ、ぼくたちが書くんだね。

  この続きの旅を」


 「そうだ。

  そして、本が開くとき――きっとまた出会える。

  誰か、大切な人に」


 風がそっと吹き、本の鍵がかすかに鳴った。

 その音は、まるで未来の扉の合図のようだった。


 二人は図書館を後にした。

 丘の上の風はあたたかく、道は光に包まれていた。


 “閉ざされた一冊”は静かに彼らの背を見送っていた。

風の図書館で見つけた“まだ開かれぬ一冊”。

それは二人の未来を示す地図のようだった。

旅は続き、ページはまだ白いまま――風が次を誘っている。

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