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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第58話 星降る丘、風の遺言

夜空に星が降る丘で、カイとハルは“風の声”を聞く。

それは過去でも未来でもなく、今を生きる者への遺言だった。

 星が降るような夜だった。

 街の灯が遠ざかり、丘の上には静かな風の音だけが流れていた。

 昼間の温かな陽射しの名残が地面に残っており、二人が腰を下ろすと草が柔らかく揺れた。


 「カイさん、ほら。星が、いつもより近いです」

 ハルはそんなことを言いながら、夜空に指を伸ばした。

 彼の瞳は、かつてのユウに少し似ていた。

 だが、それは“同じ”ではない。

 ユウが残した光を、ハル自身の形で灯している、そんな感じがした。


 「星ってさ、なんでこんなに落ちてきそうに見えるんだろう」

 「きっと、僕たちが手を伸ばしてほしいからですよ」

 「手を……伸ばす?」

 「はい。届かなくてもいいから、届きたいと思う。それがきっと生きるということなんです」


 ハルの言葉は、時折驚くほど深くなる。

 それは子供のようであり、年老いた哲学者のようでもあった。


 カイは笑った。

 「ハル、それ誰かに教えてもらったのか?」

ハルは首を振った。

「風が教えてくれたんです。

  ほら、丘の上に来ると、たまに声が聞こえるでしょう?」


 ちょうどその時だった。

 丘を渡る風が強まり、空気の中に微かな響きが混ざった。


 ――行けよ。

 ――まだ見ぬ朝へ。


 耳で聞いたわけではないが、確かに“聞こえた”。

 ユウの声にも似ているが、どこか違う。

 記憶の声ではなく、今この場所に流れている声。

 風の気配が、言葉になっているだけだ。


 「……風は嘘をつかないね」

 カイがつぶやくと、ハルは満足そうに頷いた。


 「そうでしょう? 僕、ここに来るたびに思うんです。

  誰かの声が混ざってる気がするって。

  カイさんが言ってた友達……ユウさんでしたっけ。

  その人の声も、きっと混ざってますよ」


 カイは、ゆっくりと夜空を見上げた。

 星がひとつ流れた。

 それはまるで、遠い列車の灯りのようでもあった。


 ――時刻なき鉄道の光。


 あの夜の旅は、終わったようで終わっていない。

 列車はもう走っていないかもしれない。

 だが、心の中のレールはずっと続いている。


 「ハル」

 「はい?」

 「君はこれから、どこへ行きたい?」

 ハルはしばらく考え、夜空を指した。

 「あっちです。星の多いほう。なんとなく、呼ばれてる気がしますから」


 「呼ばれてる?」

 「はい。風に。

  “まだ見ぬ朝を見に行け”って」


 カイは、心の奥が静かに震えるのを感じた。

 それは、かつてユウと交わした会話に似ている。

 しかし、完全に同じでもない。

 ユウが過去に灯した言葉を、ハルが自分の形で受け継いでいる。


 「じゃあさ、行ってみようか」

 カイは立ち上がり、夜空に向かって手を伸ばした。

 「君が行きたいなら、僕も同行するよ」


 ハルは嬉しそうに笑った。

 「ありがとうございます。

  でも、いいんですか? カイさんには、カイさんの朝があるのに」


 「たしかにね。でも……思うんだ」

 カイは空を見た。

 星々が風に乗って揺れている。

 「生きてるってさ、誰かと一緒に新しい景色を見たいって思うことなんじゃないかなって。

  もし一緒に歩けるなら、それは僕の朝の一部だから」


 ハルはゆっくりと頷いた。

 そして、夜空に向かって息を吐いた。

 「ユウさん、聞こえてますか?」

 風が、答えるように吹いた。


 ――行けよ。二人で。


 カイの胸が熱くなった。

 涙ではない。

それは、心そのものが震えるような感覚だった。


 「行こう、ハル」

 「はい!」


 二人は丘を降りた。

 背中を押したのは風。

 足元には、光る小さな花が咲いている。

 それは祈りの花に似ていたが、少しだけ色が違う。

 新しい旅を祝福するような、淡い青色だ。


 丘の下に続く道は、街のどこへもつながっていない。

 けれど、どこへでも行けるように感じた。

 その道は、星が示す方向へと静かに伸びていた。


 「カイさん」

 「うん?」

 「また旅が始まりますね」

 「そうだね。でも、今度は夜じゃなくて……」


 ハルが笑って続けた。

 「朝の旅ですね」


 星降る夜に始まる朝の旅。

 風は二人の後ろでそっと囁いた。


 ――忘れなくていい。

 ――でも、立ち止まらなくていい。

 ――生きて行け。光の道を。


 二人の影は長く伸び、やがて夜と朝の境界へ溶けていった。

星の下で交わされた“風の遺言”は、

カイとハルを新しい旅へ導いた。

過去の声を抱えながら、二人は未来の朝へ歩き出す。

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