表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/100

第57話 風灯の夜、遥かなる面影

夕暮れの街に、風に揺れる“風灯まつり”が始まる。

ハルと歩き出したカイは、灯火の海の中で、忘れかけていた面影と向き合う。

 夕焼けが街を薄紅色に染めていた。

 建物の壁も、石畳も、ゆっくりと夜へ向かう途中の色を帯びている。

 「今日は“風灯まつり”なんだって」

 隣を歩くハルが、期待に満ちた声で言った。


 カイは微笑んでうなずいた。

 「うん、さっき店の人も話してた。“願いを風に乗せる日”だって」

 「願い……」

 ハルは空を見上げた。

 すでにいくつものランタンが灯され、淡い光を漂わせながら風に揺れている。


 街の中心の広場は、昼間とはまったく別の表情を見せていた。

 人々は風灯を手に、街中を歩き回っている。

 赤、青、金、白――色とりどりの風灯が、まるで星のようにきらめいていた。


 「カイさん、あれ見てください!」

 ハルが指差した先には、巨大な塔ほどの高さに積み上げた風灯の山があった。

 火は灯されているが、燃え上がることなく、ただ淡い光が柱のように立ち上っている。


 「……すごいな。まるで空に続く階段みたいだ」

 「登れるように見えますよね?」

 「本当に登れたらいいけどな」

 「登れますよ」

 「え?」

 「この街では、“願いがあれば”風灯は階段になるらしいです」

 ハルは真剣な表情で続けた。

 「昔、迷った旅人が願いを込めて歩き始めたら、本当に上まで登れたって」


 カイは苦笑した。

 「そんな、物語みたいなこと――」

 言いかけて、口を閉じた。

 彼は知っている。

 この世界に“物語のようなこと”が起きても不思議ではないことを。


 ハルが風灯の山に近づき、ひとつの小さな灯を拾い上げる。

 「カイさんも、ひとつ持ってください」

 カイも屈み、同じく白い風灯を手にした。


 風灯は軽く、手にのせるとわずかに揺れる。

 火は小さく見えるのに、風に消えそうになる気配はなかった。


 「願い事、ありますか?」

 ハルが唐突に尋ねる。

 カイは答えようとして、少し迷った。

 “願い”――かつては、ただユウに会いたいと願った。

 今は……。


 「願い事、か。

  そうだな……“ここに来られてよかった”って、そう思える日が続けばいい」

 「なんか、カイさんらしいですね」

 ハルが笑う。


 二人は風灯の山の前に立ち、そっと灯を掲げた。


 その瞬間――

 風灯の山が、ゆっくりと動き始めた。


 風灯たちが浮き上がり、まるで意思を持った生き物のように並び替わっていく。

 光の段が一段、また一段と空へ向かって形を作り始めた。


 「階段……!」

 ハルが息を呑む。

 カイも目を見開いた。

 信じられない光景だったが――

 それでも、不思議と恐怖はなかった。


 「行ってみたい?」

 カイの問いに、ハルは迷わずうなずいた。

 「はい。行ってみたいです!」


 二人は最初の段を踏んだ。

 足元は火ではなく、光の布のように柔らかかった。

 熱くもなく、冷たくもない。

 ただ、何かに抱かれているような感覚だけがあった。


 階段を上るにつれ、下の広場の光景が少しずつ遠ざかる。

 人々の声、笑い声、鐘の音――すべてが夕暮れの霧の中で混ざり合っていく。


 「見てください!」

 ハルが指差した先に、街全体が広がっていた。

 時計塔の針は、きちんと時を刻んでいる。

 川沿いの道には、小さな灯が続いていた。


 そして風灯の波は、街の外れからさらに遠くへ――

 白い丘へと続いているように見えた。


 「ここ……来たことないのに、知ってる場所みたいです」

 ハルが言った。

 カイは胸の奥をつかまれたような感覚を覚えた。

 風の匂い、光の揺らぎ、遠くの丘の白さ。

 それはかつて、ユウと歩いた“冬の川原”に少し似ていた。


 上へ上へと進むほど、景色は柔らかくなっていく。

 風が頬を撫でる。

 その風の中に――


 聞き覚えのある声が混ざった。


 『カイ』

 『振り返らなくていい。行けよ』


 ユウの声だった。


 胸が熱くなり、涙がこみ上げた。

 だが、カイは立ち止まらない。

 足元の光が導くように、さらに一段を踏む。


 「カイさん!」

 ハルが、少し先で手を振っていた。

 そのシルエットが夕陽に照らされ、ユウの影と重なる。


 ――どこまで行けるんだろう、この階段は。

 そう思ったとき、唐突に風灯たちが揺れた。


 突然、強い風が吹き、階段が震える。


 「危ない、ハル!」

 カイは手を伸ばし、ハルの腕をつかんだ。

 風灯の階段が、大きくきしむ。


 その瞬間――

 二人を包むように温かい光が広がった。


 風の匂いと共に、あの懐かしい声が聞こえる。


 『大丈夫。

  二人で行けば、ちゃんと前に進めるさ』


 カイもハルも同時に息を飲んだ。

 声は確かに――ユウのものだった。


 光が徐々におさまり、階段の揺れは静かになった。

 二人は息を整えながら視線を交わす。


 「今の……」

 「うん。僕も聞こえた」


 夕暮れの空が、静けさを取り戻す。

 風灯たちはまるで安堵したように光を整え、再び穏やかな階段を形成した。


 その頂上には、柔らかな光の門が揺れていた。

 門はまるで、ふたりを迎えているようだった。


 カイはゆっくりと頷いた。

 「行こう、ハル。あの先に、きっと何かある」

 ハルも笑って頷く。


 「はい。二人で、行きましょう」


 風灯の階段は、静かに彼らを光の中へ導いていった。

風灯の夜に現れたのは、懐かしい声と、新たな道。

カイとハルは“二人で歩く旅”の本当の始まりへ、光の門をくぐろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ