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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第53話 風に還る声、夜明け前の誓い

カイとハルの旅は静かに続いていた。

夜明け前の空気の中、ふたりは“風の記憶”と呼ばれる丘にたどり着く。

そこでカイは、ある「声」を聞く――。

 朝と夜の境目をゆく道を、カイとハルは歩いていた。

 空は青とも紫ともつかず、薄く光を孕んでいる。

 鳥はまだ目を覚ます前で、世界はどこか息を潜めているようだった。


 「カイさん、あれ……」

 ハルが指差す先に、小高い丘があった。

 草が風に揺れ、波のような模様が広がっている。

 丘の頂には一本の細い塔が立ち、塔の上の風車が静かに回っていた。


 木製の標識が一つ。

 そこには、丁寧な字でこう書かれていた。


 ――《風の記憶》


 「ここが……」

 カイは小さく呟いた。


 丘を登ると、風が一段と強く吹いた。

 その風は、ただの風ではなかった。


 懐かしい匂い。

 冬の空気、川の匂い、消毒液の香り――

 そして、ユウの声。


 ――『カイ、行けよ。まだ道は続いてる』


 それは確かに“あの日”の声だった。


 カイは立ち止まり、ゆっくりと目を閉じた。

 風が身体の周りを巡る。

 まるでユウがすぐ隣に立っているかのような近さで。


「カイさん……?」

 心配そうな声。ハルがそっと近づいてきた。


 「大丈夫だよ。

  ただ……これは、僕が受け取らなきゃいけない声なんだ」


 カイは深く息を吸い、風に向き直った。


 「ユウ。

  僕、君を忘れないよ。

  でも、もう立ち止まらない。

  君と一緒に、生きていく」


 風が一瞬だけ止まり、次の瞬間、強い光が丘を照らした。


 ハルが驚いて後ずさる。

 「わ……カイさん、あれ!」


 光の中に、ふたりの影が映った。

 ひとつはカイ。

 もうひとつは――背丈も歩き方も、ユウのままの影。


 影は笑っていた。

 声は風そのものに溶けていたが、確かに聞こえた。


 ――『ありがとな』


 カイの瞳から涙が一筋こぼれた。

 それは悲しみではなく、あたたかい涙だった。


 影は静かに風に還っていく。

 光が散り、丘に朝の気配が満ちていく。


 「……ユウ、行くよ」

 カイはそっと呟いた。


 ハルが隣に立ち、微笑んだ。


 「行きましょう。

  カイさんの“続き”の旅が――まだこれからですから」


 カイは頷き、頂の向こうを見た。


 そこには、朝日が昇ろうとしていた。

 金の光が雲の端から射し、世界を新しい色に染めていく。


 風がふたりの背を押した。

 まるで道を示すように、やさしく吹いた。


 カイは懐中時計を取り出した。

 針は静かに、しかし確かに動いている。


 「僕はもう迷わない。

  この“時刻”が、僕の命の証だから」


 風車が回る。

 塔が小さな音を鳴らす。

 その音は、夜明けの合図のようだった。


 カイとハルは並んで丘を降りていく。

 新しい一日の始まりへ、光の道へ――。

《風の記憶》で聞いた声は、過去からの最後の贈り物だった。

カイはもう、夜に戻らない。

これからの旅を刻むのは、彼自身の“時刻”だけである。

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