第52話 星降る坂道、風がひらく扉
旅を続けるカイとハルは、夜明けの街を離れ、星の道へ。
そこには“時刻なき鉄道”の新たな気配が待っていた。
風がひらく扉は、過去とも未来とも違う場所へ導く。
夕暮れがやわらかく地平を染め始めた頃、カイとハルは街をあとにした。
始まりの街の白い屋根は、夕日を浴びて金色に輝いている。
振り返れば、あの時計塔が静かに見守るように立っていた。
針は確かに「今」を刻んでいる。
その音が風に溶け、二人の背を押していた。
「……道が光ってる」
丘に続く小道を見て、ハルが目を丸くした。
石畳の隙間から白い光がにじみ出ている。
カイはその輝きを見つめ、胸が少し震えるのを感じた。
「列車の道だ。まだ続いているんだな……」
時刻なき鉄道――
夜の川原から始まり、追憶の原を越え、白い樹の丘を進み、
そして風の道を渡った。
あの日、扉を開いたときに終わったと思った旅は、
まだ静かに呼吸していたのだ。
二人は坂道を上り始めた。
風が吹くたびに、道の光が星のように瞬く。
そのたびに、ハルの影が揺れ、カイの影に寄り添った。
「ねえ、カイ兄」
「ん?」
「僕ね、あの手紙が来てから……夜が怖くなくなった」
ハルはてれくさそうに笑った。
「夜って、何も見えなくて、誰もいない気がして怖かった。
でも――風の音を聞くと、誰かが話してるみたいなんだ」
カイは足を止め、空を見上げた。
夕空が濃い青へと変わり、星がひとつ、またひとつ点り始める。
その光は、列車の窓から見た夜の星々とよく似ていた。
「それがきっと、祈りの声だよ」
「祈り?」
「誰かが誰かを想えば、声は風になって届く。
君の手紙もそうだった。
ユウの想いが、君の胸に風として届いたんだ」
ハルは胸に手を当て、少し照れながらもうなずいた。
カイはその姿に、かつての自分を重ねた。
不安な夜、傷ついた心、守りたい記憶。
全てを抱えながらも歩く少年の姿――。
ユウの言葉が風のように浮かぶ。
――生きてるって感じがするからさ。
坂の頂上が近づくと、空気が変わった。
夜の匂いでも、朝の匂いでもない。
もっと特別な、どこかへ抜ける風の匂い。
二人は自然と足を速めた。
そして、坂の頂上に辿り着いた瞬間――
世界が広がった。
そこは「星降る坂道」と呼ばれる古い道だった。
空には数え切れない星が流れ、
地面にはその光が反射してまるで空との境界が消えている。
まるで、星の海を歩いているようだった。
「すごい……!」
ハルは目を輝かせ、しばらく言葉を失った。
カイも胸の奥が熱くなる。
そのとき、遠くから汽笛の音が響いた。
風に溶け、星の海の中で震えるような、
懐かしい――しかし新しい音。
「列車……!」
ハルが声を上げる。
カイも音のほうへ目を凝らした。
星の道の先に、光が揺れている。
最初は星のひとつに見えたが、次第にかたちを帯びてくる。
銀色の車体。
星屑をまとうように光る車輪。
そして、時刻のない時計盤。
ただひとつ違ったのは――
時計盤の下に小さく「陽」の字が刻まれていた。
「……あれは」
カイはつぶやいた。
「新しい列車だ。夜の列車じゃない……朝と夜のあいだを走る列車だ」
ハルは息を呑んだ。
「僕たちのための……?」
列車は星の海の上に静かに停まり、扉が開いた。
風が二人の足元を撫で、誘うように揺れる。
カイは感じた。
この列車は「逃避」のためのものではない。
「祈りを運ぶための列車」だ。
「ハル」
「うん」
「行くか?」
ハルは迷いなく頷いた。
「行きたい。僕……もっと強くなりたいから。
風の声が、もっとちゃんと聞けるように」
カイは微笑んだ。
ユウの言葉が胸に灯る。
――行けよ、カイ。
風がもう一度そっと背中を押した。
二人は並んで列車に乗り込んだ。
扉が静かに閉まり、車内に暖かい光が広がる。
座席は二つ並び、誰かが待っていたかのように整えられていた。
車掌が現れ、帽子のつばを上げた。
「ようこそ。“風の継承者”のお二人」
「継承者……?」
カイとハルは顔を見合わせた。
車掌は優しく微笑んだ。
「あなたたちの祈りは、風となり星となり、
また誰かの夜を照らすでしょう。
さあ――新しい道へ向かいましょう」
列車が動き出す。
星の海を走り、風をまとい、
光のレールが未来へ続いていく。
ハルが窓に額を寄せて言った。
「見て……星がついてくるよ!」
カイも隣に座りながら静かに頷いた。
――始まりの街を越えても、旅は終わらない。
次は「誰かを照らす旅」が始まる。
カイの胸の懐中時計が、小さく音を刻んだ。
ゆっくりと、確かに、“今”を指しながら。
星降る坂道で、新しい列車と出会ったカイとハル。
それは逃避ではなく、祈りを届けるための旅路の始端だった。
二人の物語は、光の未来へと静かに進み始める。




