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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第49話 風灯(かざあかり)の丘、夜明けの誓い

夕暮れと夜明けの境を歩くカイとハル。

それぞれの胸に宿る“光”が、ついに一つに重なる。

風灯の丘で交わされる誓いは、新たな旅の道標となる。

 風灯の丘へ向かう道は、いつもより静かだった。

 夕暮れは薄桃色に染まり、丘の草原はやわらかな光を帯びて揺れている。

 カイは隣を歩くハルを見た。少年の足取りは軽く、しかしその心には新しい迷いが芽生えているのを感じる。


 「カイさん、風灯って……本当に空にのぼるんですか?」

 ハルが不安そうに尋ねた。

 「うん。夜になるとね、丘のあちこちからあかりが浮かぶ。

  それは全部、誰かの祈りなんだ」

 「祈り……って、死んだ人に?」


 カイは少し笑った。

 「それだけじゃない。

  この世界でまだ“会えていない未来の誰か”にも。

  そして――自分自身へも」


 ハルは目を丸くしたが、すぐに視線を落とした。

 その肩には、まだ小さな影がまとわりついていた。

 ユウの面影が重なるたびに、カイは胸が痛くなる。

 けれど、それはもう“失う痛み”ではない。

 守りたいと思う痛みだ。


 丘の斜面に着くと、空が深い群青へと変わりはじめていた。

 草原に置かれた風灯ふうとうは、紙で作られた小さな灯籠で、ひとつだけ紐がついている。

 風が吹くと紙がわずかに震え、中で灯った明かりが星のように揺れる。


 「これに願いを書いて、夜風に乗せるんだ」

 カイは風灯をひとつ手に取った。

 ハルも同じようにひとつを選び、その紙の手触りを確かめている。


 「ねえカイさん。お願いって……なんでもいいの?」

 「うん。どんな小さな希望でもいい」


 ハルはしばらく考え、風灯に向かってペンを走らせた。

 その横顔は、ほんの少し大人びて見えた。


 カイは空を見上げた。

 風はやさしく、雲は薄く、夜の星がひとつだけ瞬きはじめている。

 ――ユウ、お前にも見えてるか?

 心でそう呟いたとき、胸の懐中時計が小さく震えた。

 “今”という針が、確かに動いている。


 「書けた!」

 ハルが風灯を掲げた。

 そこには拙い文字でこう書かれていた。


 ――『いつか誰かを助けられる人になる』


 カイは胸が熱くなった。

 亡きユウが残した想いと、いま隣に立つ少年の願いが重なる。

 「いい願いだね、ハル」

 「カイさんは……書かないの?」


 カイは風灯を手に取り、紙に指を滑らせた。

 そして、ゆっくりと書いた。


 ――『もう二度と、自分を見失わない』


 書き終えた瞬間、風が強く吹いた。

 草原全体がざわめき、風灯の炎が大きく揺れる。


 「行こうか」

 「うん」


 二人は互いの風灯を持ち、丘の頂上へと登った。

 そこには多くの旅人の姿があり、それぞれが風灯を手に夜空を見つめている。

 誰かが小さく歌いはじめ、風の音と溶け合って丘は祝福のような静けさに包まれた。


 カイはハルの手にそっと触れた。

 少年は驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んだ。

 「カイさんも……緊張してる?」

「うん。こういうのは何度やっても慣れない」


 二人は同時に風灯を空へ放した。

 風を孕んだ灯籠はふわりと浮かび、まるで星が地上から舞い上がるように夜空へと昇っていく。

 灯の一つが二人の真上を通り過ぎ、その光が互いの瞳に映る。


 「カイさん……ありがとう」

 ハルの声は風に溶けるほど小さかった。


 「僕、ずっと誰かの影みたいで……でも、違うんだね」

 「違うよ。

  君はユウじゃない。

  君は“君自身”だ」


 ハルの目に涙が浮かんだ。

 「じゃあ、これからは……僕の道を歩いていいんだね?」

 「もちろん」


 その会話が風に溶けた瞬間、丘のどこかで大きな光があがった。

 無数の風灯が一斉に空へ昇り、夜空が黄金色に染まる。

 まるで星座が新しく生まれる瞬間のようだった。


 「見て、カイさん……!」

 ハルが空を指差す。


 灯籠の群れの中で、ひときわ強く光るひとつの灯があった。

 それは揺れず、ただ真っすぐ空へ昇っていく。


 ――ユウ。


 名前を呼ばなくても分かった。

 あの光は、彼だ。

 ユウの“続き”が確かにここに来ている。


 「カイさん……あれって……?」

 「うん。

  きっと、僕たちの願いが届いたんだ」


 光はやがて雲を突き抜け、星と星のあいだへ溶け込んでいった。


 二人はいつまでも空を見上げていた。

 やがて夜が深まり、丘に静寂が戻った頃――

 ハルは小さな声で言った。


 「ねえ、カイさん。

  僕、“旅”を続けたい」


 「どんな旅を?」

 「誰かを照らす旅。

  僕がもらった灯を、次の誰かにつなぐ旅」


 その言葉は、かつてユウがカイに残した言葉に重なった。

 胸が熱くなり、カイは静かに頷いた。


 「行こう、ハル。

  二人の旅を」


 丘の下では、朝の気配がゆっくりと満ち始めていた。

 新しい夜明けが、もうすぐそこまで来ていた。

風灯の丘で交わした願いは、カイとハルを新たな道へ導く。

夜を越えた灯りは、未来へと続く星座のように、

二人の旅を静かに照らしはじめていた。

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