第46話 風灯(かざあかり)の丘、約束は光にとけて
風に導かれた旅の途中、カイとハルは《風灯の丘》へ辿り着く。
そこで二人を待つのは、消えたはずの声と、これから灯すべき光だった。
街を出てから三日が経った。
カイとハルは風の道を辿りながら、緩やかな丘陵地帯を歩いていた。
昼間は白い雲が漂い、夜には星の弧が地平線をなぞる。
風はいつも背中を押し、どこか懐かしい匂いを運んでくる。
「カイさん、あれ見てください!」
ハルが指さした先に、小高い丘があった。
頂上には無数の灯籠が立ち並び、昼でも淡い光を放っている。
“風灯の丘”――旅人の思い出が灯となって残る場所だと、
昨日立ち寄った宿の老夫婦が教えてくれた。
「風灯の丘では、過去の旅で失くした光が見つかるらしいよ」
「……失くした光、か」
カイは胸元の懐中時計を握った。
針は動いている。
でも時折、微かに揺れるような気がした。
それは新たな旅に踏み込むたび、彼の心が揺れるからだろうか。
二人は丘を登った。
頂上に近づくにつれ、風が柔らかくなり、穏やかな匂いが漂いはじめる。
昔の友の笑い声、手紙の紙の感触、風に流れる祈りの音色――
さまざまな記憶が風の中に混ざっていた。
やがて丘の頂に着くと、そこには古びた石碑が立っていた。
《風の灯を捧ぐ者 その影は光へと還る》
「……影が、光へ?」
ハルが不思議そうに呟いた。
風灯はひとつひとつ形や色が違い、
あるものは橙、あるものは青白く揺らめいている。
まるで誰かの想いの形を映しているようだった。
と、その中のひとつが風に揺れ、ふっと明滅した。
「カイ……」
ハルが小さな声で呼ぶ。
その灯の揺らぎは、他の灯とは明らかに違っていた。
まるで誰かが、こちらを見ているような気配がある。
カイが近づくと、灯籠の中の光がふっと大きく脈打った。
風が強く吹き、丘全体に柔らかな靄が流れる。
――カイ。
確かに聞こえた。
耳ではなく、胸の奥に響く声。
「……ユウ?」
風が一瞬止まり、丘の空気が静寂につつまれた。
灯籠の光が淡く揺れ、その中心に人影のようなものが浮かぶ。
「カイ……会いに来たよ」
それはユウの声だった。
姿は風の中に溶けているが、確かに“彼”を感じた。
ハルが息を呑む。
「これ、カイさんの……友達?」
カイは頷くこともできず、ただ光の前に立った。
「ユウ……本当に?」
――うん。
でも、もう前みたいには話せない。
僕は“風灯”の一部になったから。
なぜか悲しみはなかった。
ユウの声は、かつて病室で聞いた声よりもずっと軽く、あたたかかった。
「カイ、君が手紙を書いてくれたから……
こうして光として戻れたんだ」
カイの胸が熱くなる。
「ユウ……僕は、君に……」
――言わなくていいよ。
もう全部、届いてる。
僕はちゃんと“光”になって、ここで君を見てるから。
カイは目を閉じた。
風が彼の髪を撫で、頬の涙をそっと乾かしていく。
「ユウ、僕は……これから、どうしたらいい?」
――歩いていけばいい。
君が、自分の時刻で決めた道を。
そして、時々ここへ来てよ。
風が吹いたら、僕はすぐそばにいるから。
光が優しく揺れた。
それは「笑っている」と言われればそう見えるほど、やわらかな揺らぎだった。
ハルも目を見開きながらその光を見ていた。
「ユウさん……僕、カイさんと一緒に歩いていきます。
だから、安心してください」
光が小さく震えた。
ハルの声に応えるように、丘の風が一度だけ強く吹く。
――ありがとう。
カイを頼んだよ。
ハルは真剣な顔で頷いた。
その横顔が、どこかユウに似ていた。
光は次第に弱まり、やがて風の粒となって空へ舞い上がった。
淡い光の砂が空に散り、午後の雲に溶けていく。
カイはしばらくその空を見つめていた。
胸の中の懐中時計が、静かに、けれど確かに刻んでいる。
ハルがそっと隣に立った。
「行きましょう、カイさん。
僕たちの旅は、まだ続きます」
カイはゆっくりと頷いた。
涙はもう乾いていた。
「行こう。
ユウが灯してくれた道を――僕たちの“今”で。」
風灯の丘の光が二人の背中を照らし、
次の街へ続く小道を静かに照らし始めていた。
風灯の丘で再会したユウの声は、もう悲しみを伴わなかった。
それは“光となった想い”として、カイとハルの背を優しく押す。
旅はまた静かに、次の章へ進む。




