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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第43話 星降る丘、二つの願い

夜の匂いが戻ってきた街で、カイとハルは丘へ向かう。

星が落ちてくるような夜、二人はそれぞれの「願い」を知ることになる。

 夕暮れの色が街を包みはじめた頃、カイとハルは丘へと続く道を歩いていた。

 昼間の街は柔らかな喧騒に満ちていたが、夕方になるとどこか不思議な静けさが訪れる。

 それはまるで、街全体が“夜”の準備を始める合図でもあった。


 「カイさん、今日の夜は星がよく見えるんですって」

 ハルが嬉しそうに言った。


 「星?」

 「はい。丘の上の風見鶏が、星が落ちるときだけ鳴るんですよ。

  それが合図なんです」


 ハルの言葉に、カイの胸がかすかにざわめいた。

 星が“落ちる”という言葉に、なぜかあの夜の列車の光景が重なったからだ。

 あの日、空に浮かぶ光の粒がレールのように延びて、

 それを“時刻なき鉄道”が静かに走っていた。


 丘に向かう坂道には白い花が咲いており、夕風に揺れていた。

 花の香りが薄く漂い、どこか懐かしい記憶を呼び起こす。

 その香りは、カイの胸の奥に眠るユウの声をかすかに震わせた。


 坂を登りながら、ハルが突然話し始めた。

 「カイさん……あの手紙、本当にありがとうございました」

 「どうしたんだい、急に?」

 「なんだか、あの手紙を読んでから、ずっと胸の奥が暖かくて……

  誰かが僕の背中をそっと押してくれてる気がするんです」


 カイは立ち止まり、夕空を見上げた。

 紫と金の境界がゆっくり夜へ移ろうとしている。

 「あれはね、僕がずっと届けたかった言葉なんだ。

  ユウにも、自分自身にも、そして……今の君にも」


 ハルは不思議そうにカイの顔を見上げたが、何も言わなかった。

 ただ、静かに微笑んだ。


 丘の頂上に着くと、街が小さく見えるほどの高さだった。

 風見鶏が夕日に照らされ、その金属の体がかすかに赤く光っている。

 カイは草の上に座り、遠くの地平線を眺めた。

 ハルも隣に腰を下ろす。


 「ねえ、カイさん」

 「ん?」

 「願いって、どうして空に向かって言うんでしょうね?」

 「さあ……たぶん、遠くまで届く気がするからじゃないかな」

 「遠く?」

 「うん。手紙が風に乗るみたいに、言葉が空に乗るんだよ」


 ハルは“なるほど”というように空を見上げた。

 その時だ――。


 カラン……カラン……。


 風見鶏が鳴いた。

 風は強くない。それでも金属が震えるような音を響かせた。


 「来る……!」

 ハルが息を呑んだ。


 空が暗くなると同時に、星がひとつ、またひとつ、

 尾を引く光となって流れ落ちていく。

 それは流れ星というより、まるで空の裂け目からこぼれ落ちる

 “光の粒”のようだった。


 カイはその光景に息を呑んだ。

 あの列車のレールのようだ――

 光の粒が弧を描き、空から地へ落ちていく。

 尾を引く光の線が夜空を割り、まるで空が彼らのために開いた道のように思えた。


 「すごい……」

 ハルがぽつりと呟いた。

 「これ、いつも見られるんですか?」

 「いや……今日は特別だよ」


 カイの声は震えていた。

 ユウの声が、風の奥底から聴こえた気がした。

 ――カイ、迷わずに行けよ。


 「カイさん……」

 ハルが静かに言った。

 「僕、ここに来てから“夢”をよく見るんです」

 「どんな?」


 「誰かが手を伸ばしてくれてる夢です。

  顔は見えないんですけど……

  でも、その手は僕の名前を呼んでる気がして」


 カイは目を閉じた。

 その言葉は、かつて自分が抱えた孤独そのもののようだった。

 夜の列車に乗る前、誰かの声を探し続けた日々。

 “誰でもいい、僕を呼んでくれ”と願ったあの日。


 「ハル」

 カイはそっと少年の名を呼んだ。

 「その手はね、きっと君自身だよ。

  君が君を呼んでるんだ。

  “生きたい”って、ずっと言ってたんだよ」


 ハルは驚いたようにカイを見上げた。

 そしてゆっくりと、涙をこぼした。


 夜空では星がいくつも落ちていた。

 光の雨が丘に降り注ぐように、静かに、美しく。


 カイはふと、自分の胸に手を置いた。

 懐中時計の音がかすかに震えている。

 その振動は、まるでユウがそっと肩に触れているかのようだった。


 「カイさん……願いごと、したいです」

 ハルが涙を拭いながら言った。

 「何を願うんだい?」


 ハルは星空を見上げた。

 「僕、もう一度“生きる理由”を見つけたい。

  そして、誰かに手を伸ばせる自分になりたい……」


 カイは微笑んだ。

 「それが君の願いなんだね」

 「はい」

 「じゃあ僕も願おう」


 「カイさんの願いは?」

 カイは静かに答えた。


 「――この旅が、誰かの明かりになりますように」


 星が一段と強く降り注ぎ、丘が金色に照らされた。

 二人の影が重なり合い、草の上で揺れた。

 風見鶏が再び鳴いた。

 その音は遠くの列車の汽笛のようにも聞こえた。


 夜は優しく、世界は静かに二人の願いを包み込んだ。

星の夜、カイとハルは互いの願いを知り、

“生きる理由”を胸に刻む。

光の雨が降る丘で、二人の旅は静かに次の章へと進んでいく。

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