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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第42話 風灯りの峠、ふたつの影

夕暮れの峠にたどり着いたカイとハル。

風に揺れる無数の“灯り”が、二人の足元を照らす。

そこでカイは、かつての自分と向き合うことになる――。

 夕暮れが山並みを染めていた。

 空は深い橙から紫へと変わり、風はひんやりと澄んでいる。

 カイとハルは、街を出て三日目の夕方、ようやく峠道へ差しかかった。


 「すごい……」

 ハルが息を呑む。


 峠の斜面には無数の“灯り”が浮かんでいた。

 それは火ではない。

 風が吹くたびにふわりと揺れ、淡い光を放つ小さな粒。

 まるで祈りがそのまま形になったような光の粒たちが、道の両脇に咲いていた。


 「これは……風灯り?」

 カイは呟いた。


 かつて、ユウと二人で語ったことがある。

 「泣いたり笑ったりした気持ちって、そのままどこに行くんだろうな」と。

 そのときユウは言った。

 ――“風に乗るんだよ。でさ、誰かの足元を照らすんだ”と。


 その光景が、今目の前にあった。


 夕日が沈むにつれ、風灯りはいっそう輝きを増した。

 ハルは光の粒をひとつ手に取ろうとして、すぐにやめた。

 「触れたら……消えちゃいそう」

 「うん。でも、消えるんじゃなくて、移るんだと思う」

 「移る?」

「誰かの心へ。必要な人のところへ」


 ハルはその言葉を胸にしまい、うなずいた。


 峠道は少し急だったが、風灯りが道を照らしてくれるおかげで、迷う心配はなかった。

 二人の影が長く伸び、風に揺れて重なったり、離れたりしている。


 そのときだった。


 風の音が変わった。

 ひゅう、と鋭く細い音。

 温度が少し下がり、光の粒がざわめく。


 「カイさん……?」

 「分かる。なんだか……来る」


 峠の上で、黒い影が揺れていた。

 人影だ。

 だが輪郭がはっきりしない。

 光を吸い込むような黒い気配。


 風が強まり、影の輪郭がゆっくりと形をとる。


 ――それは、カイ自身だった。


 「……また、君か」

 カイは苦笑した。


 追憶の原で別れたはずの“もう一人の自分”。

 だが今回は、姿が違った。

 以前よりも薄く、淡く、今にも風に飛ばされてしまいそうなほどに。


 「きみ……誰?」

 ハルが不安そうに尋ねる。


 影のカイが答える。

 「僕は、カイの“残りの痛み”。

  この峠に来たのは、ひとつだけ伝えたいことがあったから」


 カイは胸の奥で何かがざわついた。

 「伝えたい……こと?」


 影はうなずいた。


 「君はユウを失った日、ずっと自分を責め続けていた。

  “あのときもっとできたはずだった”ってね」


 ハルがカイを見る。

 カイは視線をそらさず、ただ影を見つめた。


 影は続ける。


 「でも、それはもう必要ないよ。

  なぜなら――君はようやく、自分の足で歩き始めたからだ」


 風灯りがふわりと舞い、影を照らす。


 「痛みは、旅の途中まででいい。

  その先は、祈りに変わる」


 影がそう言うと、ハルは息を吸いこんだ。

 まるで自分のことのように胸を押さえて。


 カイは影へ近づき、静かに口を開いた。


 「……ありがとう」

 「僕の役目は終わったよ」

 影が微笑む。

 「ハルのおかげだろう?」


 ハルは目を丸くした。

 「ぼ、僕ですか?」

「君が笑ってくれたから、カイも笑えるようになった」


 ハルは頬を赤らめ、うつむいた。


 影は風灯りの中へ一歩踏み出した。

 輪郭が風に溶け始める。


 「さあ、行きなよ。

  光の道は、もう君たちの前に開けている」


風が強まる。

灯りが一斉に揺れ、影を包み込む。



 淡い光の粒が影の身体に触れ、次々に吸い込まれていった。


 そして――影は静かに消えた。


 風灯りが残された場所をゆらゆらと照らす。


 ハルが震える声で言った。

 「……いなくなっちゃったね」

 カイは微笑んだ。

 「ううん。“帰った”んだよ。

  僕の中の一番暗いところへ。

  もう、外に出なくていいように」


 風がやさしく吹いた。


 ハルはカイの袖をそっと掴んだ。

 「カイさん。

  これからの旅、僕……一緒に行ってもいいですか?」


 カイは何も言わず、空を見上げた。

 夜の気配が少しずつ降りてくる。

 だが、灯りが道を照らし続けている。


 「もちろんだよ」

 カイは笑った。

 「影が消えた今、僕は一人じゃない」


 ハルも笑った。

 二人の影が重なり、そして並んだ。


 「行こう、峠の先へ」

 「うん!」


 風灯りの道を、二人は歩き出した。

 遠くで、一筋の光が夜空へと昇るのが見えた。

 まるで“時刻なき鉄道”が、風の上を通り過ぎていくようだった。

風灯りの峠で、カイはついに“残った痛み”と別れた。

ハルと共に歩む旅路は、もう孤独ではない。

光の道は、静かに次の物語へ続いていく。

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