第40話 星降る丘、風の名を呼ぶ道
夜を越え、朝を積み重ね、カイとハルはついに“星降る丘”へ辿り着く。
そこは過去と未来が交わる場所――風が、新たな名を呼ぶ。
街を離れて三日。
カイとハルは、風に導かれるようにして山道を歩き続けた。
朝は鳥の声が彼らを起こし、昼は川辺でパンを分け合い、夜になると焚火の前で一日の話をした。
どこへ向かうのかはっきり決めていない。
ただ、道の先に“何か”があると、二人ともわかっていた。
四日目の夕暮れ。
空が紫に染まりはじめた頃、山道の先にぽっかりと広い丘が開けた。
そこだけ時間が止まったように風が静まり、草が白く光を帯びている。
「……カイさん、あれ見て」
ハルが指差した先に、天へ伸びるような一本の塔があった。
塔は細く、まるで風そのものを束ねたように透き通っている。
表面には、どこかで見た紋様――“時刻なき鉄道”の紋章とよく似た光が走っていた。
「星……降ってる?」
ハルの言葉どおり、塔の周りでは光の粒が舞っていた。
雪でも雨でもない。
まるで夜空の星が、地上にそっと降りてくるように。
カイは息をのみながら近づいた。
塔の足元には円形の石畳が広がり、その中央に風穴のような渦があった。
風は音もなくそこから立ち昇り、空へと消えていく。
「ここ……昔、誰かが呼んでた気がする」
ハルがぽつりと言った。
「僕がまだ名前を持つ前、風の向こうで誰かが……」
カイはそっとハルの肩に手を置いた。
「その“呼び声”を確かめよう。ここまで来れたんだ。きっと何かある」
二人が円の中心に立つと、塔が低く鳴動した。
足元の石畳が淡く光り、風が渦を巻く。
塔の頂から、ひと筋の光が降ってきた。
光はゆっくりと二人の前に集まり、輪郭を形作る。
最初は靄のような影だった。
だが徐々に、少年の姿が現れていく。
「ユウ……?」
カイが思わず呟くと、その影は微笑んだ。
だが、それはユウではなかった。
ハルに似ている――けれど、少しだけ大人びていた。
影はハルを見つめ、口を開いた。
「――ハル。ようやく帰ってきたね」
ハルの目が大きく見開かれた。
「きみ……僕は……知ってる……。知ってるはずなのに……」
影は頷いた。
「君は“風の名”を持つ者。
時を越えて旅をする魂だよ。
かつて夜の列車に乗る者たちを導き、
祈りを風へ返した――あの“渡し守”のひとりなんだ」
カイは驚いた。
「渡し守……少女じゃなくて、ハル自身が?」
ハルは胸に手を当てた。
「じゃあ、僕があの時……カイさんの手紙を受け取ったのって……」
「そう。
君が“呼ばれた”からだよ。
風に託された祈りは、必ず“渡す者”の元に届く」
影はやさしい声で続けた。
「そして、もうひとつ――君が旅をした理由。
それはカイを“未来へ連れていくこと”だった」
カイは息をのんだ。
ハルがカイを見る。
「僕が……カイさんを?」
影は穏やかに頷いた。
「ユウの願いは“生きてほしい”という祈り。
その祈りを受け継いだのが君だ。
君は風として生まれ、再び人として歩き出した。
そして、カイを“朝へ導く”役目を持っていた」
カイの胸に、温かなものが込みあげた。
ユウの祈りが、形を変えて届いた――
それがハルという少年だったのだ。
ハルは涙をこぼしながら問うた。
「じゃあ……僕はこのまま、また風に戻るの……?」
影は静かに首を振った。
「いいえ。
君はもう“人として生きる道”を選んだ。
風の名は消えた。
これからはハルとして、カイと同じ時を歩めばいい」
光が塔を包み、渦がゆっくりと閉じていく。
影は最後にカイを見た。
「カイ。
ユウはもう悲しんでいない。
君の“今”が、彼の祈りの続きだから」
「……ありがとう」
カイは涙をぬぐった。
影は風に溶けるように消え、塔の光も静かに鎮まった。
丘の上に、星明かりだけが残った。
風はやわらかく、優しく二人を包んだ。
「カイさん」
「ん?」
「これからも……一緒に歩いていけますか?」
カイはハルの頭を軽く撫でた。
「もちろん。
君の“今”と、僕の“今”を重ねていこう」
風が二人の背を押した。
星が降るような夜空の下、
二人の影は寄り添いながら、ゆっくりと街の方へ歩き出した。
ハルが抱えていた“風の名”は、祈りの継承そのものだった。
カイは新たな仲間とともに、ユウの祈りを“今”へと繋げる。
星降る丘で、ふたりの旅はもう一度始まった。




