第38話 光の手紙、風の約束
朝の街での日々が静かに積み重なるころ、
カイとハルの前に“風が運ぶ手紙”が届く。
それは次の旅への扉を開く、見えない誰かからの合図だった。
朝の光が窓に差し込み、カイはゆっくりと目を開けた。
始まりの街に来てから、何度この光を浴びただろう。
それでも今日の光はどこか違う色に見えた。
静かな部屋に風が入り、机の上の手帳がぱらりとめくれる。
ページの上に置いた懐中時計が、心臓に似たリズムで淡く震えていた。
――トクン。
今日も時間が動き出す音。
カイはベッドから起き上がり、窓を開けた。
街はすでに賑わいはじめていた。
パン屋から香ばしい匂いが届き、子どもたちが川辺を走る。
その中に、ハルの姿もあった。
「おーい、カイ!」
ハルが笑顔で手を振る。
いつからか、二人は毎日のように街を歩くのが習慣になっていた。
カイも手を振り返し、階段を降りようとしたとき、
ふと玄関の前に白い紙片が落ちているのに気づいた。
拾い上げると、紙は風に吹かれてきたように少し湿り、
文字がふわりと浮かび上がっていた。
――『風の丘へ来い。お前たちに次の道を見せる。』
署名はなかった。
だが、文字の筆跡はどこか懐かしい。
そしてこの“風の丘”という言葉は、カイの胸を強く揺らした。
「……また、列車か?」
カイは紙片を握りしめたまま外へ出た。
川辺で待っていたハルが首を傾げた。
「どうしたの? 変な顔してるよ」
カイは紙片を見せた。
ハルは目を丸くし、次に微笑んだ。
「まるで冒険の呼び声だね」
「冒険……かもしれないな」
「行くんでしょ?」
「もちろん。そのためにここまで来たんだろうし」
二人はうなずき合って歩き出した。
街の端を抜け、丘への道を進む。
風が吹くたびに白い花びらが舞い、二人を導くように前へ流れていく。
丘のふもとにたどり着くと、そこには古い石碑が立っていた。
以前、カイが通ったときには気づかなかったものだ。
石碑にはこう刻まれていた。
――「終わりは、ひとつの場所に見えて、
本当はたくさんの扉に続いている。
風の行く先を、よく見て進め。」
ハルがゆっくり読み上げた。
「これ……ボクたちに向けて書かれたみたいだね」
「いや、昔の旅人たちが残した言葉だろう」
カイは微笑んだ。
「でも、いまの僕たちに向けられている気がするよ」
二人は丘を登り、頂上に出た。
そこは一面の光の草原――風の道。
かつてカイが“風の影”と出会った場所でもある。
そしてそこに、ひとりの人物が立っていた。
長い外套、風に揺れる髪、背中を向けた姿。
淡い光に包まれているためか、輪郭が揺れて見える。
カイは息を呑んだ。
「……君は……誰だ?」
人物はゆっくり振り返る。
逆光の中で、その顔ははっきりとは見えない。
けれど声は鮮明だった。
「カイ。
そしてハル。
二人の旅はここからだ。
“時刻なき鉄道”は終わらず、ただ形を変える。」
ハルが少し後ずさる。
「あなた……どこかで会ったことが……?」
男は微笑んだ。
風の中から聞こえた声と似ている。
あのユウに似ていた。
けれど、ユウではない。
「私は“風の記録者”。
旅人が心を越えるたびに現れる影だ。
君たちの道は、まだ続いている」
カイの胸が高鳴った。
「道……?」
記録者は広い空を指差した。
白い雲の上に――光のレールが現れていた。
それは列車の軌跡ではなく、
“歩くための道”として存在していた。
「ユウの祈りは、カイに届いた。
カイの手紙は、ハルに届いた。
そしてハルの未来は、まだ誰にも届いていない。
だからこそ、お前たちは行くべきだ」
「どこへ?」
カイが問う。
記録者の声は風と同じやさしさを持っていた。
「――“始まりのその先”へ」
その瞬間、風が大きく吹いた。
光のレールが二人の足元に繋がる。
陽の光がその道を照らし、柔らかい温度が肌に沁みた。
ハルが小さく手を握る。
「……行こう、カイ」
カイはその手を握り返した。
「ああ、もう迷わない」
二人は光の道へ足を踏み出した。
背後で風が鈴のように鳴り、
記録者の影がかすかに微笑んだように見えた。
光の中へと続く道。
それは新しい旅の始まりを告げるレールだった。
風が開いた新たな扉。
カイとハルは、希望の光の中を歩き出す。
“時刻なき鉄道”の旅は、別れではなく、継承へと変わっていく。




