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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第37話 風灯(かざあかり)の丘、沈みゆく影

カイとハルは、風灯祭りの準備が進む丘へ向かう。

沈む陽の中で揺れる灯は、かつての夜と新しい未来を映し出す。

 夕暮れの街は、静かなざわめきに包まれていた。

 朝の街に訪れる唯一の“夜”――それは暗闇ではなく、風に灯る光のための夜だ。


 カイとハルは、街の北にある小高い丘へ向かっていた。

 夏草が揺れ、風が通るたびに白い花が波のように揺れる。

 その間を縫うようにして、街の人々が小さな灯籠を抱えて丘へ向かっていた。


 「風灯祭りって、どんなお祭りなんですか?」

 ハルが問い、カイは少し考えてから答えた。

 「風に灯りを託すんだよ。

  誰かに届けたい言葉、忘れたくない想い……

  そういうものを灯りにして、風に乗せるんだ」


 「へえ……手紙みたいだ」

 「そうだね。風の手紙の、もっと大きな版だ」


 二人は笑い合いながら丘へと歩く。

 夕陽が赤く染まり、影が長く伸びていた。

 その影は、一瞬だけ三つに見えた。

 ――カイ、ハル、そしてもうひとつ。

 風に揺らめく薄い影。

 カイには、その“気配”が誰であるか分かっていた。


 丘に着くと、すでに数百もの灯籠が準備されていた。

 人々が火を灯し、その光が風に揺れながらひとつ、またひとつと立ち上っていく。

 灯籠の中の光は不思議と消えず、風に運ばれ、夜空へと舞い上がっていった。


 「……きれいだ」

 ハルが呟いた。

 その瞳には無数の風灯が映り込んでいた。

 カイは自分の胸の内にある懐中時計に触れた。

 針はゆっくりと“今”を刻み続けている。


 「カイさんも灯しますか?」

 「うん。もちろん」


 二人は丘の端で灯籠を受け取った。

 白い紙に包まれた風灯は温かく、手に乗せるとすぐに淡い光を放ち始めた。


 「これに願いを書くんですか?」

 ハルが小さな筆を手に取りながら言う。

 カイは頷いた。

 「君は何を書く?」

 「僕は――“笑って生きる”かな」


 その言葉に、カイの胸が静かに温まった。

 「いい願いだ」


 カイは筆を取り、小さく書いた。

 ――“風の向こうにいる君へ。ありがとう”


 風が吹き、灯籠が揺れた。

 ハルが不思議そうに尋ねる。

 「ユウさん、喜びますかね?」

 「喜ぶよ。きっと」


 丘の上で、太陽がゆっくりと沈んでいった。

 赤く染まる空に、灯籠の光が次々と浮かび上がる。

 風に押され、光がゆらゆらと空へ登っていく。


 そのときだった。

 カイの腕に触れるように、やわらかい風が吹いた。

 振り返ると、風の流れの中にかすかな影が立っていた。

 人の形をしているが、輪郭は淡く、光の中に溶けそうだった。


 ――ユウ。


 カイはその名を胸の中で呼んだ。

 影はゆっくりと頷く。

 叫ぶ必要はなかった。

 言葉はいらなかった。


 ユウは、風の中で笑っていた。

 かつての冬の川で見せた、あの少年の笑顔のまま。


 「カイさん、誰か……いますか?」

 ハルが不思議そうに尋ねる。

 カイは微笑んで首を振った。

 「いや。風が喜んでるだけだよ」


 ユウはひとつ笑い、風灯に触れた。

 その瞬間、灯籠がひときわ明るく光り、空へと高く舞い上がった。

 他の灯籠よりも少し速く、少し高く――まるで、風の先頭を行くように。


 カイは胸に手を置いた。

 懐中時計が静かに鳴る。

 トクン……トクン……

 彼の“時”が、確かに刻まれている。


 ユウの影は、夕空の中へ溶けていった。

 その姿は光の粒となり、風灯たちとともに空へ昇っていく。


 「さよなら、ユウ――

  いや、またね」


 カイは静かに頭を下げた。

 涙は出ない。

 ただ、胸の奥があたたかく満ちていた。


 ハルが肩を叩いた。

 「行きましょう、カイさん。

  風灯は、風が連れていってくれます」

 「そうだね。……行こう」


 二人の影が並び、ゆっくりと丘を降りていく。

 空にはまだ数えきれない風灯が灯り、

 それらはまるで“時刻なき鉄道”のレールのように夜空へ続いていた。

風灯の丘で、カイはついにユウとの別れを“未来”へ変えた。

影は風に溶け、光だけが残る――二人の旅はまだ続いていく。

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