第36話 風灯りの塔、眠らない記憶
風が強くなった夕刻、カイとハルは“風灯りの塔”へたどり着く。
そこには眠らない記憶が灯り、旅人の心を照らす光があるという。
夕日が落ちかけ、街に長い影が伸びるころ、
カイとハルは静かな丘の上に立っていた。
丘の中央には、古びた石造りの塔――“風灯りの塔”がある。
塔の上部には風の通り道があり、風が吹くたびに内部の光が揺らめくという。
「ここが……記録にあった場所だよね」
ハルが塔を見上げながら言った。
夕日が少年の頬を照らし、橙色の光の中で、その瞳はどこか懐かしい揺らぎを宿している。
「風が灯りをつけるって、なんだか不思議な話だよな」
カイも塔に目を向けたまま答える。
塔は古く、ところどころにひびが走っているが、不思議と倒れる気配はない。
まるで無数の旅人たちの記憶と祈りが、その石を支えているようだった。
二人は塔の入り口に向かって歩き、ゆっくりと古い木の扉を押した。
扉は重かったが、わずかな隙間から暖かい光が漏れ出した。
中は静かだった。
塔内部は螺旋階段になっており、壁に沿って小さな灯籠が並んでいる。
だが、そのどれにも火は灯っていなかった。
「灯り、ついてないんだね」
「いや……風が吹けば、きっと」
カイの言葉が終わるよりも早く、塔のどこかで風が鳴った。
まるで遠くの鐘が鳴るような、低く優しい音。
すると、階段の途中の灯籠に、一つだけ小さな光が灯った。
薄い水色の光――ユウが最後に見せた冬の川の光に似ていた。
ハルが息を呑む。
「これ……もしかして」
「きっと、誰かの記憶だ。
風は、その人の“言葉にならなかった想い”を灯りにするって聞いたことがある」
二人は階段をゆっくりと昇りながら、灯る灯籠をひとつひとつ眺めた。
光の色はどれも違い、青、橙、紫、白……
それぞれが誰かの記憶の色なのだろう。
階段を昇りきると、塔の最上階に出た。
そこは開けた円形の空間で、中心に大きな風穴がある。
風は絶えず吹き込み、そのたびに室内の灯籠がやわらかく揺れた。
そして、最上階にはただ一つ、他の灯籠よりも大きな“風灯り”があった。
ふたつの影が重なるように揺れる光――
カイはその色を見た瞬間、胸に込み上げるものを感じた。
「……ユウだ」
ハルが隣で小さく目を見開く。
「カイさん、これ……」
「ユウの灯りだ。
あいつが最後に残した“言葉にならない想い”だよ」
風が吹き、灯りが揺れる。
その揺らぎが、まるでユウが笑っているように見えた。
カイはそっと手を伸ばし、灯りに触れようとした。
しかし触れる瞬間、灯りはふっと強く輝き、ふたつの影を投影した。
ひとつはカイの影。
もうひとつは、ユウの影に似ていた。
ハルが息を呑む。
「……ユウ?」
影が揺らぎ、風の音が変わる。
たしかに人の声のように聞こえた。
ユウの声――
あの日、冬の川で笑ったあの声。
『カイ、ありがとう』
風の囁きは短く、それでもはっきりと心に届いた。
カイは胸に手を当てた。
痛みはない。
ただ、温かかった。
「ユウ……僕もありがとう」
静かに呟くと、灯りは少しずつ小さくなり、
最後にはほんの小さな光の粒となって消えた。
ハルがそっと隣に立つ。
「カイさん……ユウって人、すごく優しい人だったんですね」
「そうだよ。
そして――
思っていたよりずっと、強い人だった」
塔を出るころには、すっかり夕日が沈み、風は夜の匂いを帯び始めていた。
丘を下りる途中、ハルがふと口を開いた。
「ユウさんの想い、僕にも届いた気がする。
“生きてみたい”って、
そう思えるようになってきたんです」
カイは優しくうなずいた。
「それが、ユウの願いでもあるんだろうな」
風が二人の背を押す。
温かく、柔らかく、まるで“灯り”のように。
夜の街が光り始めるころ、
カイとハルはゆっくりと歩き出した。
風灯りの塔で灯された光は、
もう消えてしまったけれど――
その記憶は、確かに二人の胸で灯り続けていた。
風灯りの塔で、カイはユウの“残された想い”に触れた。
それは別れではなく、これからを進むための光。
カイとハルの旅は、さらなる道へ続いていく。




