第35話 星影の丘、もう一つの道標
カイとハルが辿り着いたのは、夜と朝の境に立つ“星影の丘”。
そこでカイは、新たな旅の道標を見つける。
夕暮れの色が、丘の上にゆっくりと落ちていた。
陽の光が和らぎ、街を離れた風が頬を撫でていく。
カイとハルの二人は、始まりの街から続く道を歩き続け、ようやくこの丘にたどり着いた。
「すごい……星が、もう見えてる」
ハルが指さした空には、薄い青と紫のあいだに、一番星が瞬いていた。
まだ夕暮れなのに、その光だけはひどく鮮明だった。
カイは空を見上げながら言った。
「“星影の丘”って、こういう意味だったんだな」
丘の頂には古い石碑があった。
苔むした表面には、薄く文字が刻まれている。
ハルが身をかがめ、指先でなぞった。
“夜を越えた者、ここに星を見るだろう
朝を迎えた者、ここで道を選ぶだろう
光に従うもよし
影を抱えて歩くもよし”
ハルは目を丸くした。
「これって……僕たちに向けて書かれたみたいですね」
「でも、ずっと昔からある感じだ」
「なら、昔の旅人たちもここを通ったってことですよね」
風が吹き、草がざわりと揺れた。
その音は、何かの返事のようにも聞こえた。
カイはゆっくりと息を吸った。
胸の奥に広がる鼓動は、かつての旅路の緊張ではなく、穏やかな“続き”の気配だった。
「ハル、ここまで来てどう思った?」
カイが尋ねると、少年はしばらく考え込んだ。
「僕……生きていることが怖い時期があったんです」
「……うん」
「でも今は、“続けてみたい”って思える。
あなたと歩いていると、そう思えるんです」
カイの胸が温かくなった。
まるで、かつてユウに言われた言葉を別の声で聞いたようだった。
――行けよ、カイ。
――僕は向こう側で待ってる。
風に乗って届いた、あの日の声。
カイはゆっくり丘を登り、石碑の裏へ回った。
そこにはさらに小さな刻印がある。
手のひら大ほどの丸い窪み、その中心には灰色の金属片が埋め込まれていた。
「これ……列車の部品?」
カイは思わず息を呑んだ。
“時刻なき鉄道”の客車のどこかに使われていたような、見覚えのある模様。
だが、この部品には“針”のような突起がついていた。
「カイさん、これ、動く!」
ハルが金属片に触れた瞬間、それはかすかに光った。
夕暮れの丘に、線を描くような光が現れた。
足元の草の間を縫い、丘の反対側へ続いていく。
それはまるで――レールのようだった。
「光のレール……?」
ハルが呟く。
カイはその道をじっと見つめた。
遠くへ伸びる光は、空の低い位置で星々と交わっている。
「これって、どこへ続くんでしょう?」
ハルが不安そうに言う。
カイはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……たぶん、“次の旅”だ」
ハルは驚いたように目を見開いた。
「列車はもう来ないんですよね?」
「うん。少なくとも、あの“夜の列車”はもう来ない。
でも光のレールは、僕たちが歩ける道なんだと思う」
カイは微笑んだ。
「ユウが最後に言ったんだ。
“生きるほうの道を歩け”って」
ハルは少し俯き、また顔を上げた。
「……僕も歩きたい。
あなたと一緒なら、どんな道でも行ける気がする」
夕闇が訪れ、空には無数の星が瞬きだした。
光のレールはその星々に呼応するように輝きを強めている。
丘の下からは、始まりの街の灯が柔らかく揺れて見える。
街に留まることもできる。
けれど、二人はもう決めていた。
新しい旅は、“歩くこと”から始まるのだと。
カイは光のレールの方へ歩き出した。
ハルがその隣に並ぶ。
星が彼らの背中を見送り、風がそっと前へ押してくれる。
「カイさん、どこまで行くんですか?」
「分からない。でも、道が続く限り進んでみよう」
「怖くないですか?」
「怖いよ。でも……そのほうが、生きてるって感じがする」
ユウの言葉を、ようやく自分の声で言えた気がした。
光のレールを踏むたびに、足元の草が淡く光り、星が一筋流れていく。
丘の天辺を越えると、二人の影が長く伸び、その先でひとつに重なった。
風が囁く。
――行けよ、カイ。
――今度は、振り返らずに。
カイは空を見上げ、微笑んだ。
「うん、行くよ」
星影の丘を後にし、二人は新たな旅路へ踏み出していった。
“時刻なき鉄道”は姿を見せなくとも、
そのレールは、彼らの心の中に伸び続けていた。
星影の丘で見つけた“光のレール”は、
カイとハルの新たな旅の入口だった。
二人の影は並び、そしてひとつに溶けていくように未来へ進んでいく。




