第34話 光さす分岐点、風の道標
旅路を重ねたカイとハルは、ついに街の外れの“分岐点”へ辿り着く。
そこで二人は、それぞれが選ぶべき道を、光の中で問われる。
朝の街を出てから、すでに三日が経っていた。
カイとハルは、川沿いの細道を歩きながら、穏やかな旅を続けていた。
夜が来る前に宿を探し、朝になればまた歩き出す――そんな、当たり前で、けれどどこか懐かしい日々だった。
「カイさん、あれ……見てください」
ハルが指さした先、丘の向こうに金色の光が立ちのぼっていた。
霧に包まれた細い道が、一本の光の線のように輝いている。
「……分岐点だ」
カイは小さく呟いた。
風の道を越えてから、ずっと胸の奥で呼ばれているような場所――
まるで“時刻なき鉄道”の列車が、再び姿を現すかのような予感。
二人は丘を登り、その光へと向かった。
丘の頂上には、白い石でできた円形の広場があった。
その中央には、二つの道が交差している。
ひとつは森へ、ひとつは空のように輝く道へ。
そして、その分岐の中心に――
風見鶏のついた古い柱が立っていた。
風が吹くたびに、くるりと方向を変え、金色の光を反射して揺れる。
「ここが、分岐点……?」
ハルが近づく。
その足元に、小さな文字が刻まれているのをカイは見つけた。
――《ここから先は、自らの“時”を選ぶこと》
「カイさん」
ハルが振り返る。
表情は少し曇っていた。
「これって……別々の道を行くってことなんでしょうか?」
カイは答えられなかった。
胸の奥がじくりと痛む。
ユウを失ってからずっと抱えていた、あの痛みに似ていた。
「でも……僕はまだカイさんと旅がしたいです」
震える声だった。
「カイさんがいたから、僕はあの手紙を受け取れた。
僕はまだ、あなたから学びたい――生きるってことを」
カイはゆっくりとハルに歩み寄った。
そして、自分の懐中時計を取り出した。
針は静かに、確かな“今”を刻んでいる。
「ハル。
お前はもう、自分の時刻を刻めるんだよ」
カイは優しく言った。
「俺と旅をしたからじゃない。
ユウの手紙を受け取ったからでもない。
お前自身の足で、ここまで来たからだ」
ハルは唇を噛んだ。
目にうっすらと涙が浮かぶ。
「……でも、ひとりは怖いです」
「怖いさ」
カイは微笑んだ。
「俺も、ユウがいなくなったあの日……生きるのが怖かった。
でも、怖さの先に“次の朝”があるって知ったんだ。
ひとりで歩く時間が、誰かの言葉を本当の意味で受け止める時間になる」
風が吹き、風見鶏が静かに回る。
光が二人の間に落ちる。
カイは懐中時計をハルに手渡した。
ハルは驚いたように目を大きく開いた。
「カイさん、これ……!」
「預けるよ。
俺の“時”じゃなくて、お前が感じる“時”を刻むために」
ハルの目から涙がこぼれた。
懐中時計を胸に抱きしめ、ぎゅっと握りしめる。
「……ありがとうございます。
カイさんの背中を追いかける旅じゃなくて、
僕の足で歩く旅をします」
カイは頷き、ハルの肩に手を置いた。
「またどこかで会える。
“時刻なき鉄道”は、夜でも朝でもない、心の線路だから」
ハルは涙を拭い、光の道を見つめた。
懐中時計の針が、かすかな音で刻む。
――トクン。
それは、彼自身の始まりを告げる音だった。
「行ってきます、カイさん」
その声は震えていたが、確かな強さを持っていた。
カイは手を振り、微笑んだ。
「行けよ、ハル。
風が道をつくる。
その先で、また笑おう」
ハルは光の道へと歩み出した。
風が彼の背中を押し、白い光が包み込む。
振り返ったとき、彼の顔には涙と笑顔が混じっていた。
そして――
光はゆっくりと閉じ、道は静かに消えた。
丘の上に残ったのは、カイひとり。
だが、その胸には不思議なあたたかさがあった。
別れではなく、続きの始まり。
懐中時計がなくても、彼の胸の奥には確かに“時”が流れていた。
カイは空を見上げた。
やわらかな風が頬を撫でる。
その風の中で、ユウの声が聞こえた気がした。
――「よくやったな、カイ」
カイは目を閉じ、そっと呟いた。
「ユウ……俺、まだ歩くよ。
誰かの朝を照らせるように」
丘を下りるために一歩踏み出したとき、
広場の上空を白い光が走った。
まるで、どこか遠くで“時刻なき鉄道”が風を切る音のように。
それは、また新しい旅の予告のようでもあった。
美しい午後の光が、カイの影を長く伸ばしていた。
光の分岐点で、カイとハルはそれぞれの“時”を選んだ。
別れは終わりではなく、新しい旅への始まり。
風は静かに、さらなる物語を誘っていた。




