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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第33話 光の道しるべ、揺れる翼

始まりの街を発って数日。

カイとハルが辿り着いたのは、風がつむぐ光の谷。

そこで二人は“迷い”と“希望”の境界に触れる。

 風のせせらぎが、朝の谷を満たしていた。

 木々の葉は薄い金色の光を透かし、さざ波のように揺れている。

 カイとハルは小さな橋の上に立ち、谷の奥へ続く一本の白い道を見つめていた。


 「ここが……光の谷?」

 ハルの声が風に溶けていく。


 「地図にはそう書いてあったよ。

  “迷った者が進むべき道を示す谷”……ってね」


 カイは少し笑いながら言ったが、胸の奥にはわずかな緊張があった。

 ここ数日、二人は始まりの街を出て、穏やかな旅路を歩いていた。

 草原を越え、森の小道を抜け、夕暮れの丘をいくつも越えた。

 そのすべてが、夜の列車で旅していた頃とは違う“生の時間”そのものだった。


 だが、光の谷に一歩足を踏み入れた瞬間、

 カイの胸の奥に、遠い記憶の響きがよみがえった。


 ――冬の川原、白い息、ユウの笑顔。

 ――「生きてるって感じがするからさ」


 谷の風は、その記憶を呼び起こすように優しく吹いた。


 「カイ……?」

 ハルが不安げに覗き込む。


 「大丈夫。ちょっと懐かしい景色に見えただけだよ」

 カイは微笑む。

 その笑顔を見て、ハルの表情も和らいだ。


 橋を渡ると、谷の奥から光の帯がゆるやかに漂っていた。

 風が吹くたび、その光は小さな粒となって舞い上がり、

 まるで羽ばたく鳥のように空へ昇っていく。


 「ねえ、カイ」

 「うん?」

 「光が……なんだか呼んでる気がする」


 ハルの言葉どおりだった。

 光は二人の周りに寄り添うように揺れ、

 谷の中心へ導くように進んでいく。


 しばらく歩くと、

 谷の最奥に“白い翼を広げた石像”があった。

 その足元には古い碑文が刻まれている。


 ――“翼は迷う者の心を映す”


 そしてもう一行。


 ――“影を越えられぬ時、翼は重く沈むだろう”


 ハルが小さく息を呑んだ。

 「これって……試練みたいだね」


 「試練……か。

  でも、僕たちはもう逃げる理由なんてない」


 カイの言葉に、ハルは静かに頷いた。


 二人が石像に近づいたときだった。

 谷全体を覆うように、風が一瞬止まった。

 光の粒が空中で静止し、世界が凍ったように見えた。


 次の瞬間――


 影が、足元から伸びた。

 二人を包むように、ゆらりと揺れる黒い影。


 ハルが驚いて後ずさる。

 「何、これ……!」


 カイはその影の中に、

 見覚えのある“自分”の姿を見た。


 夜の列車で、追憶の原で出会った、

 あの“もう一人のカイ”。


 痛み、迷い、後悔――

 それらが形を取り戻したように、影はゆっくりと立ち上がった。


 「君は……まだそこにいたのか」

 カイはつぶやいた。


 影は答えない。

 ただ、カイの胸の奥を見つめるように揺れ続ける。


 ハルがカイの背中を掴み、不安げに言った。

 「逃げよう、カイ! これ、危ないよ!」


 「逃げないよ」


 その言葉は、揺るがなかった。

 かつての自分と向き合うために歩いてきた旅。

 ここで逃げれば、もう一度夜に戻ってしまう。


 カイは影に向き直った。

 「僕はもう、お前を否定しない。

  痛みがあったから、ここまで来られたんだ」


 影が静かに揺れ――やがて、

 ひと筋のひびのように光を落とした。


 その光が影を裂くと、

 影はゆっくりと形を失い、谷の風に溶けていった。


 同時に、白い石像の翼が光を帯びる。

 ドン……と低い音が響き、

 翼がひとりでに震えながら動き始めた。


 光の谷がまばゆいほど輝いた。

 ハルが目を覆う。

 だがカイはしっかりと見ていた。


 翼は大きく開き、

 谷の空へ向かって光の道を放った。


 「これは……」

 「道だよ、ハル。

  僕たちが次に進むための」


 光の道は、遥か彼方の空へ伸びている。

 列車のレールにも似ていたが、

 もっと柔らかく、温かく、

 風の導きを感じる道だった。


 ハルがカイの手を握る。

 「カイ。

  これから、どこへ行くの?」


 カイは空を見上げた。

 谷の風が優しく髪を揺らす。


 「どこでもいい。

  でも、もう“夜”には行かない。

  光の続きにある場所へ行こう」


 ハルは笑った。

 「僕も一緒に行っていい?」


 「もちろんだよ。

  君はもう、僕の旅の一部だから」


 その瞬間、風が二人を押した。

 光の道の入口が、わずかに開いたように揺れる。


 二人は光に向かって歩き出した。

 ひとりでは踏み出せなかった道を、

 今は二人で――心の翼を重ねながら。


 谷に残された光の粒が舞い上がる。

 風の音が“祝福”のように響いていた。

光の谷で“過去の影”を越えた二人。

その一歩は、夜を越えた旅人にとって新しい翼となる。

次に続く道は、もう恐れではなく希望の色をしていた。

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